牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

愛あれば

2017-06-13 20:27:23 | Weblog
テモテへの第一の手紙5:1-16 年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。若い人たちには兄弟に対するように、年とった婦人たちには母親に対するように、若い女たちには真に混じりけのない心で姉妹に対するように勧めなさい。やもめの中でもほんとうのやもめを敬いなさい。
しかし、もし、やもめに子どもか孫かがいるなら、まずこれらの者に、自分の家の者に敬愛を示し、親の恩に報いる習慣をつけさせなさい。それが神に喜ばれることです。
ほんとうのやもめで、身寄りのない人は、望みを神に置いて、昼も夜も、絶えず神に願いと祈りをささげていますが、自堕落な生活をしているやもめは、生きてはいても、もう死んだ者なのです。彼女たちがそしりを受けることのないように、これらのことを命じなさい。
もしも親族、ことに自分の家族を顧みない人がいるなら、その人は信仰を捨てているのであって、不信者よりも悪いのです。やもめとして名簿に載せるのは、六十歳未満の人でなく、ひとりの夫の妻であった人で、良い行ないによって認められている人、すなわち、子どもを育て、旅人をもてなし、聖徒の足を洗い、困っている人を助け、すべての良いわざに務め励んだ人としなさい。
若いやもめは断わりなさい。というのは、彼女たちは、キリストにそむいて情欲に引かれると、結婚したがり、初めの誓いを捨てたという非難を受けることになるからです。
そのうえ、怠けて、家々を遊び歩くことを覚え、ただ怠けるだけでなく、うわさ話やおせっかいをして、話してはいけないことまで話します。ですから、私が願うのは、若いやもめは結婚し、子どもを産み、家庭を治め、反対者にそしる機会を与えないことです。
というのは、すでに、道を踏みはずし、サタンのあとについて行った者があるからです。
もし信者である婦人の身内にやもめがいたら、その人がそのやもめを助け、教会には負担をかけないようにしなさい。そうすれば、教会はほんとうのやもめを助けることができます。

若い時代から牧師としての生活です。テモテへの手紙は牧師への手紙ですが。具体的な人間関係に教えを多く受けています。
年配者には父親に対するように。若い人たちには兄弟に対するように。年配の婦人には母親にたいするように。若い女性には、真に混じりけのない心で姉妹に対するようにと勧められます。
また寡婦に対しても福祉の勧めです。特に家族で助け合う様にとあるのは、現代でも通用する教えです。
愛は支え合うことで成り立つ。ふれ愛、認め愛、ゆずり愛、ゆるし愛。互いに愛し合い、支え愛、助け愛。神は愛です。神を愛する経糸と、互いに愛し合う横糸で、しっかりスクラム組んで、祈り会いつつ、平和憲法の日本になるよう、愛の豊かさを行きましょう。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
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