牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

祈りとみことばに生きる

2017-01-25 18:42:04 | Weblog
使徒の働き6:1-4 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。
そこで、十二使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。
そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。
そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」
ペンテコステの日以来、3000人+5000人。さらに毎日救われて仲間の加わり、祭司階級からも続々数われ、ものすごい祝福です。
しかし、人の集まるところには、その数だけの問題が生じます。イエス・キリストや信仰の問題ではなく、人間性の問題です。イエス・キリストは、わたしに躓かない者は幸いです。と言われました。人間となった神にさえ躓く人は躓きます。神を愛し、自分自身を愛するように、あなたの隣人を愛しなさいを、実行して来たキリスト教会です。
しかし、いつも間にか優先事項が分からなくなり、ヒューマニズム的援助や助けが優先され、隣人第一,神様は最後と言わないまでも、神の義と神の義を第一にせず、自我の満足第一になる傾向もあります。
初代教会は、私たちはもっぱら祈りとみことばの奉仕を優先する賢明な判断をしました。そして、そのke決断の結果、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちが選ばれ、福祉と援助は幅広く拡大し、彼らはイエス・キリストの救いもハッキリ語り続けました。
祈りは目に目えない尊く価値ある奉仕です。みことばの奉仕は、書斎に閉じこもり学問的研究にのめりこむのではなく、みことばの奉仕=福音を伝え、福音により神の国を拡大することです。
ありがとうございます。今日もまた祈りとみことばの天国の一日です。xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
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