牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

何事があり起ころうと、恵みの時、救いの日です。

2016-04-30 06:25:07 | Weblog
聖書の一言;コリント人への第二の手神6:2 神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。
1日に歩行中、乗用車にはねられ救急車で病院。今日でちょうど一ヶ月。
今は恵みの時、救いの日。何事が起ころうと、その日、その時が救いの日神の助けと救いがあり、すべてのことにありがとうございます。感謝します。
これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである。神のなさることはみなその時にかなって美しい。ハレルヤ。
だから、これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼうと、強がりでもなく、頑張りでもなく、ただ恵みに監査者しながら過ごす一ヶ月です。
顎と頬の20針縫った後も、縫った医者が驚くほどの復元です。右足腿の打撲と挫傷の痛みは、激痛でしたが、今朝包帯交換で病院へ。
昨日のヨベル聖会では、一ヶ月ぶりに立ってメッセージ。明日の生駒と大阪の礼拝もOKです。
5月2日(月)午前7時~8時は、大阪玉造の大阪女学院角、大阪クリスチャンセンターチャペルでメッセージです。朝食祈祷会で会費500円。どうぞお近くの方ご参加ください。
確かに、今は恵みの時、救いの日です。
交通事故の4月でしたが、5名が救われ洗礼を授けました。一人はぢ地震の益城町へ、種子島からボランティアに来てくれた63歳男性。エリムキリスト教会で濱田達郎兄に福音を聞き、天の虫けら=榮義之自叙伝を読み、洗礼を決心死、電話で救いに導き授洗。
6:3-10私たちは、この務めがそしられないために、どんなことにも人につまずきを与えないようにと、あらゆることにおいて、自分を神のしもべとして推薦しているのです。すなわち非常な忍耐と、悩みと、苦しみと、嘆きの中で、また、むち打たれるときにも、入獄にも、暴動にも、労役にも、徹夜にも、断食にも、純潔と知識と、寛容と親切と、聖霊と偽りのない愛と真理のことばと神の力とにより、また、左右の手に持っている義の武器により、また、ほめられたり、そしられたり、悪評を受けたり、好評を博したりすることによって、自分を神のしもべとして推薦しているのです。私たちは人をだます者のように見えても、真実であり、人に知られないようでも、よく知られ、死にそうでも、見よ、生きており、罰せられているようであっても、殺されず、悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。




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