牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

み足の跡を

2017-07-16 18:10:42 | Weblog
ペテロの第一の手紙2:19-21 人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。
罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。
あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。
昔、ある旅人が雪深いアンデスの村を訪ねました。男たちがいない村で、不思議に思い古老に尋ねました。彼は旅人を案内し、雪深い山道を指示します。そこには雪の上に大きな足跡があり、山へ続いています。
雪山への狩りに、村の首長が先頭を進み、その後を男たちがしっかり踏みしめて歩み、まるで一人のお大男が歩いたように見えたのです。
主イエス・キリストは、十字架と復活で救いの道を備え、世の終わりまで生きておられ、アーメンと信じる者たちの先頭を進み、歴史の中を真っ直ぐに天国への道を見続けています。
キリストに従うクリスチャンの足跡は2000年以上も続き、歴史にその結果を残しています。
16歳の時、種子島の西之表キリスト教会でアーメンと信じ、城の浜海岸で洗礼を受けた日から59年、そのみあしの足の後を踏みつつ、歩み続けています。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 愛を求めている | トップ | あの日から60年 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL