牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

ぶち割れ

2017-04-20 19:09:29 | Weblog
ホセア書2:15 アコルの谷を望みの門としよう。
アコルの谷は、エリコの城壁の外にあり、苦い記憶の場所。イスラエル民族が、40年の荒野の旅を終え、約束の乳と蜜の流れる国に来た時、眼前に立ちはだかる城壁の町エリコ。全能の神のことばに従い、その町を占領しました。小さな町アイを攻めると、大敗北を喫しました。原因はユダ部族のアカンが、エリコ攻略の戦利品を見て欲しくなり盗みました。その結果が大敗北になり、アカンを石打の刑にした場所が、アコルの谷です。民族にとって苦い思い出の、いや思い出したくもないアコルの谷です。
聖地旅行に行き、エリコに行くたびに一度見たいと思っていました。幸い5日間のイスラエルの旅をしたとき、運転手が退役の大佐で、アコルの谷に連れて行ってくれました。今はバナナとイチジクの緑の谷間でした。
その時にアコルの谷を望みとしよう。ホセア書のことば通りになっていることに感動でした。人生にも色んなことがあり、思い出すことも嫌な過去もあります。

骨董には面白い愉しみ方があるそうです。貴重な皿を落として割ってしまったとき、破片を集めて継ぎ合わせる。それも、割れ目を浮き立たせ、割れ方の豪快さや、継いだ跡の風情をあえて楽しむ。
ぶち割れという、じつに洒脱な愉しみ方。欠点を知られまい、悟られないと押し隠し、いつも他人の目を警戒し、ビクビク生きていると、欠点よりもこうした萎縮した態度が大きな欠陥となってしまいます。
イエス・キリストの十字架と復活をアーメンと信じる人生は、恵みは十分にあり、恵みのより救われ、弱さがそのまま強さに変わり、侮辱されても辱められようと、迫害されようと、十字架の救いによって、継ぎ合わされた=というよりまったく新しくされた=ぶち割れ人生が、豪快な恵みとなり、多くの人々の人生にも祝福をもたらすのです。
生駒聖書学院は、ぶち割れ人生経験者も、時おり入学し、すばらしい神の器として巣立つ神学校です。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
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