牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

口ぐせ

2017-03-13 09:15:38 | Weblog
詩篇9:14 私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。
ことばで自分の意思を表現できるのは、神によって創造された人間だけです。
それ以外にいますか?いるいる、イルカやオームと答えた子どもがいた。しかし、あれは言葉ではなく音をまねているだけ。
心の思いを言葉で言えるのは、人間だけです。
最近、どうもうまくいかない。調子が悪く仕事でも成果が出ない。そんな思いの明け暮れ。年だから仕方がない。時代だからそんなもんか。
問題は年齢でも、景気が悪いからでもなく、口ぐせに原因があるのかもしれません。
ついつい言ってしまう否定的な口ぐせが、実は感情に大きな影響を与え、自分をどんどんマイナス方向に導きます。
昨日、通天閣の下で、50代夫婦が猛烈な口喧嘩でした。新世界全体に響き渡るような声で女性が怒鳴り、男性が声を低くしてなだめると、もっと大きな声で汚い言葉を怖い顔で怒鳴っていました。
彼女がネガティブで言えば言うほど、マイナス感情が高ぶります。
例えば、疲れた,しんどい、イヤだ。その言葉が自分の耳から脳に入り、自分は疲れている。しんどいんだと再認識してしまいます。
そうすると、表情はくらく、どんよりになり、体調もしんどくなり、グンと疲れてしまいます。
つい口ぐせで言い続けていると、どんどんいつも疲れている体になり、笑顔もなくたびれ果ててしまいます。
現実を知らないと叱られそうですが、35年前にAIAセミナーでインストラクターに、忙しいという言葉を使うなと言われ、牧師でしょう。忙しい=心+亡=牧師が心が亡びると言っていたら、人の心を生かし幸せにする仕事でしょう。
35歳になる直前でした。その日から忙しいという言葉にサヨウナラ。75歳の今日も充実の現役人生です。
こうしたネガティブな言葉が出そうになったら、言葉を言い換えるだけです。日本語の豊かさを堪能すれが、気持ちにもゆとりが出て楽しく生きることができます。
祈りのことばも思い切って変えてみるとすばらしいことが起こります。
疲れた。しんどい。=よく頑張った。書斎の入り口には、主を待ち望む者=榮義之は新しい力を受ける。走っても疲れず、歩いても弱らない。わしのように翼を買って上る。聖書の言葉を洗面所にも掲げて、告白=口ぐせにしています。
忙しい=充実している。大丈夫。まだまだいける。ハレルヤと口にすると、自分が鼓舞され、パワーも生まれてきます。
月曜日は、日曜日にしっかり礼拝したので、スカイブルーマンデーです。ブルーマンディの記憶もないほど、快調な日々を過ごす恵みです。
イザヤ書40:26-31 目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を数えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。
なぜ言うのか。なぜ言い張るのか。「私の道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」と。
あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。
疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。
若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。
しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
全世界を造った神様は永遠に疲れたり、ふらついたりしません。神様は疲れた者に力を与え、弱いものに活力を与えます。
神様を待ち望む者は、新しい力がみなぎり、わしのように翼を張って舞い上がります。
いくら走っても疲れず、どんなに歩いても息切れしません。
ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝してます。

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