質オザサ店主ブログ

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世界でたった一つのハダカカヤ@磯宮八幡神社(日置)

2017-04-19 | おでかけ・近畿






かたい殻で覆われてない実が落ちてないか探したけど見つからなかった。
鳥居右手に三本並んだカヤの大木あり、真ん中の木だけがハダカカヤらしい。
ハダカカヤの木の実を植えても育つのは普通のカヤで、世界に一本しかないんだって。
ゆえに国の天然記念物です。









八幡神社というだけあって、社紋は向かい合った鳩。




社殿後ろにも鳥居あった。




ひょうご歴史ステーションより
磯宮八幡神社は応神天皇を祭神とする神社である。社伝によると、933(承平3)年に京都の石清水八幡神社から勧進、五十神(いそのかみ)を末社としたため五十宮と称したという。護摩堂には平安時代の木造持国天立像と多聞天立像(ともに国指定文化財・重文)がある。境内には3本のカヤの木があり、うち1本は裸カヤと呼ばれる国の天然記念物である。1335(建武2)年、足利尊氏が参拝した際、カヤの実の皮をむいて植えたものが芽吹いたといい、今もこのカヤの実は堅い殻でなく渋皮だけの実をつける。



磯宮八幡神社をもっと詳しく
日置小学校の隣に鎮座し、応神天皇、上筒男命、天児屋根命の三神が祭られている。その創建は、承平三年(933)、京の石清水八幡宮より末社五十社とともに分霊されたことに始まると伝えられている。五十社にちなんで「五十之宮いそのみや」と呼ばれるようになったとも、曽地川の水辺すなわち磯の守護神ということから「磯之宮」と呼ばれるようになったともいわわれる。
建武二年(1335)、京の戦いに敗れた足利尊氏は都から脱出、丹波から兵庫に抜けて九州へ落ちていった。「太平記」には、その途中で曽地の土豪内藤入道道勝の館に寄った尊氏は、源氏の氏神でもある八幡神社へ戦勝祈願に参拝したと記されている。そのとき、社僧の勝心はお茶菓子として榧の実を差し出した。尊氏は榧の実の皮を剥いて神前に捧げ「天下平定、武運長久、願望成就と願いをかなえて下さるならば、この榧の実が大きく育って、皮の無い実をできさせ給え」と願いを込め、一粒を境内に蒔いた。その一粒は芽を出し、世界でただ一本の「裸榧」の大木に生長した。一方、九州で再起を果たした尊氏は京を制圧して足利幕府を開くと、磯宮に田畑七十町歩を寄進して感謝の意をあらわしたと伝えられている。その後、領主や武将の信仰を集め、戦国時代には八上城主波多野秀治が崇敬を寄せ保護を加えた。しかし、天正七年(1579)、明智光秀の丹波攻めの兵火によって焼失した。江戸時代になると、代々の篠山藩主の加護を受け、寛文十二年(1672)には社殿が建立された。
磯宮八幡境内に大きく育った「裸榧」は、大正時代に国の天然記念物に指定された。他方、かつての神宮寺(福乗坊)に祭られていた四天王像のうち、持国天立像と多聞天立像が国の重要文化財に指定されている。また、護摩堂には京都の仁和時開創の宇多法皇をはじめ、歴代の法名が書かれた立派な位牌が祭られている。さらに、大日如来や阿弥陀如来、不動明王等の仏像が大切に祭られるなど、神仏混交時代の名残が色濃く残っているのもこの神社ならではの特徴だ。
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7 コメント

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めねふね (イソの木)
2017-04-20 00:31:40
ハダカカヤ。
ぜんぜん知りませんでした。
気になる木ですね~。
石清水から勧請する前は、もともと五十神が祭神だったんでしょうか。
だから五十宮→磯宮?
いそのかみが五十猛神で、ハダカカヤの伝説も尊氏でなく五十猛神なら、まさに再生の木なんですけどね。
写しこまれた光も、尊氏より五十猛神の神霊の方が感動的。
そうなんですよ (りひと)
2017-04-20 09:15:11
二葉か片葉かとか裸子か被子かとか、植物でもなにか象徴されて表現していてこだわっている方々いそうですよね。

全く知らない神社ですが石清水からならばいいルーツで丹波ですかあ、ありですね。
丹波さんの先祖がお薬とかに詳しい医師関係の豪族さんだったようなのですが、石清水と繋がっているならばやっぱりと思いますね。

あとは地形でどっちが古いか移動させられたかは分かると思いますね。
三本の木は古墳でもあるかな?
それもどんな地形かで時代もある程度妄想できそうです。楽しみです。

日置ですから鯰さんも関わってますね。白い鳥と黒い鳥の共存の良き時代の神社かもしれませんね。1902地図見てみます。
めねふねさんへ (ulala)
2017-04-20 13:38:15
巨木好きの友人が探してきてくれた磯宮八幡神社のカヤの木。
私も初めて裸カヤを知りました。
足利尊氏が立ち寄って祈願したというぐらいだから、名だたる神社だったのでしょうが、その当時は社殿とか境内とかどんな配置になってたのでしょう。
社殿背後に鳥居があって、立派な杉の木が両側に植わった参道は、とても裏鳥居という感じではありませんでした。

2013/11/17に記録残した「石生の水分かれにある いそべ神社」
http://blog.goo.ne.jp/goo3820/d/20131117
あの時も光がいっぱい入った写真撮れて、雰囲気というか空気もよく似た感じがしました。
丹波市氷上町石生のいそべ神社祭神は、奇日方命、誉田別命、神功皇后、比賣大神。
そしてこちら日置の磯宮八幡神社は、応神天皇、上筒男命、天児屋根命の三神が祀られてるようです。

「いそのかみ」というのがキーワードかもしれませんね。
りひとさんへ (ulala)
2017-04-20 13:42:50
日置という地になんかありそうですよね。
ナビでは「いそのみやはちまんじんじゃ」はヒットせず、250km以上離れた礒宮八幡神社しか示さない。
後で調べたら、広島県は竹原にありました。
このときは仕方ないので、すぐ近くの日置小学校目指していきました。

たしか丹波や播磨などにはいそべ、石部とのつく神社多かったので調べてみました。
ちょっと難しくて消化し切れませんがリンク貼っておきますので、ご興味尾ありでしたら是非。

宝賀寿男氏による「石部神とは何か」
http://wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15/hitori/isibe1.htm          
いそのかみ (めねふね)
2017-04-20 22:21:21
いそは磯であり、石でもありますね。
そして争(いそ・う)でもある。
石上(いそのかみ)が剣である理由もソコでしょう。争の神。つまり八幡とおなじ軍神。
日置部は磯にも石にも争にも関係してるトコがまたやっかいです。
でもだからこそ、ハダカカヤが再生の木であってほしいなと。
首脳会談なんかみんな素っ裸でやればいいんですよ(笑)。
めねふねさんへ (ulala)
2017-04-21 15:18:30
なるほど、ハダカカヤにそんな意味もこめて再生の木と書かれてたのですね。
裸の王様、とか王様はロバの耳とか、いまいちよくわかってなくて・・・

今日のニュースで聞きましたが、北朝鮮との万景峰号はながいこと運行停止してますが、この春からウラジオストクと北朝鮮北東部経済特区とで定期航路が開かれるんだそうです。
ロシアってわからんわ。

那智の滝源流の原生林を歩けるのは、春数ヶ月だけなので行きたいなと思ってました。
しかし4/25~5/13って家でジッとしてた方がよさそうですね。
ハダカで興味深い再生見つけました! (ulala)
2017-04-21 16:08:48
「ハダカデバネズミ、酸欠状態でも5時間生存研究」
http://www.afpbb.com/articles/-/3125934

米科学誌「サイエンス(Science)」に発表された論文で、人では数分で絶命してしまうほど酸素量が低い状況においても、ハダカデバネズミは、最低5時間は生存し続けることが可能。
植物のように静止し、果糖をエネルギーに代えることで、脳細胞を死滅させることを防いでいる。
このプロセスを人にも活用できれば、心臓発作や脳卒中を発症して呼吸することができない患者の命を救う一助となる可能性がある。

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