平成の虚無僧一路の日記

平成の世を虚無僧で生きる一路の日記


明と暗の間 「中庸」とは仏教で云う究極の悟り

2017-03-21 20:43:42 | 虚無僧って?

虚無僧の私は「明暗」と書いた偈箱を首から下げている。
この「明暗」の意味について、よく聞かれるのだが、
適切な解説をしたものは無い。そこで、私なりに
いろいろ考えている。

その1は、明にあっては明で、暗にあっては暗で受けよ。
その2は、明も暗も心のうち
その3は、暗を明に変えよ
その4が、明と暗の中道をゆけ
というもの。

虚無僧に多大な影響を与えたのが一休さん。一休とんち話の
「この橋渡るべからかず」は、実は、右にも左にも偏らず、
中道を行けと諭した禅の教えだったのだ。まさに「明暗双打」
が虚無僧の行き方なのだ。

世の中には、様々な二極の対立した意見がある。
同じものを見ても、二つの両極の意見に分かれる。
安保法案、憲法改正、沖縄の米軍基地問題。
自民と共産、両極の意見が飛び交う。

尺八も「宗教性を排除して、純粋に音楽としての
正確な技能を追究しようとする人。逆に音楽性を
無視して虚無僧の精神性ばかり強調する人」の二極
がある。そうした相対する極論の間に中道がある。
私は、両極を極めた上で、中道を模索すべきだと
考えている。つまり、両方大事。片方に偏るなと
いうことだ。だが、言うは易く、行なうは難し。
その尺度が異なるから、中道がふらつく。

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