枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

十五夜・大潮

2016年10月15日 | Weblog

 今晩は十五夜である。薄も道端で風に揺れている。団子を茹で、供えての月見は風情があるもの。季節感は薄れたとはいえ、月を愛でる想いには変わりなしだろう。毎晩、形を変えて、宇宙に現われる月の、やわらかな光りに包まれる、幸せかな。

 更新の途中であれ、訪問中であろうが、勝手に切断するので腹立たしい。新しいパソコンにしないのは、無駄な金がないから。然し、契約の更新はきちんとしている。初めは、容量が足らなくて、接続までに時間がかかり過ぎ、部品を入れて解消した。

 勤務を終えて帰宅し、その日の出来事を綴る。謂わば、私小説でもある。憤懣遣る方ない日もあれば、業務内容に充実感の日もある。タイミングが上手く合えば、何もかも調子が好い。疲れもあるものの、介護の仕事に従事していてよかったと思。

 こちらが何倍も気働きをし、様々な内容に対応できるには、年季も必要になる。一番に大切なのは相性かもしれない。幾ら仕事とは言え、精神的な負担は大きい。その失くしたエネルギーを与えてくれるのが、自然の力かも知れないなぁ。宇宙総て。

 枇杷葉にも援けてもらっている。晩秋になってきて、枇杷葉の生葉が、硬くてごわごわなのがたくさんある。エキスは切り傷、擦り傷に、打ち身に水虫・癬、皮膚の再生をして、跡形も無く治す。殺菌作用があるので、結膜炎や膀胱炎にも佳い。万能薬。

 個人的には、運動嫌いである。趣味は、座ってすることなら、殆んどができる。レース編みに、機会編み・手編み、裁縫も一応する。和裁は習っていない。リボンフラワーにも凝った。然し、これらは資金面で挫折している。読書は、図書館利用で助かる。

 痩せてはいるが出不精。勤務先と自宅との往復以外は、人混みの多い場所には行かないことにしている。リエさんの所にお邪魔に上るのは、江戸時代へのタイムスリップが・・・。まあそれが、大正だったり、明治であったりもする。書籍は何度でも読。

 先日、揚羽の幼虫を見つけたが、この先無事に孵化するのだろうか?春先から、初夏の気温になって、卵を産みつけたものらしいが、蝶々になっても、凍死するのじゃない?自然の気温にも、温暖化があることを、揚げ羽は知らないでいるのが憐れだ。

 月の光には、人間の心を蕩かせるものがあるのかもしれない。作曲もされ、美しい女神の悲話もあるのだから。

 

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