枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

雨の休日

2016年09月18日 | Weblog

 雨である。孫の運動会とはいえ、日中を外で過ごすのは、いささか草臥れる。片時も眼が離せない人数なのだ。順番もあっと言う間に来る。雨が降る予報に、先々汲々。雨は、天の恵みと捉え、最後の運動会をさせてもらえる感謝がほしい。天に祈るのみ。

 自然の恩恵、森羅万象への祈りと感謝があればいいこと。まさに運を天に任す。変わって、夕方からの雨にほっとする。ありがたいことである。人間であることよりも、命の存在する全ての物への労い。布団の中で眠りをむさぼる。何という幸せなことと覚醒。

 朝昼兼用の食事に、珈琲を飲み、新聞に眼を通す。沖縄の辺野古問題。これは政府の駄々粉ねじゃない。人間としての心があるとは思えない判定。話し合いと言うが、その片鱗さえ見えないのを、沖縄のせいにするとは。戦後は未だ遠くにあり、嘆かわしい。

 東京オリンピックは迫る。豊洲どころか、福島の汚染状態でさえ、見通しが立たない現状で、開催するなど、無茶苦茶もいいところ。自分さえ良ければ、の腹が見える。石原慎太郎の狡猾さと、新都知事の斬新な、いや基本的な態度の違いが、くっきり現れた。

 枇杷葉の中心が膨らんできている。来月下旬には、咲き始めるだろう。季節感は薄れる一方だけれど、枇杷葉の四季は変わらない。寒さに弱いので、結実するかははっきりしない。それも自然からの贈り物と思う。今年は、苗木がずいぶんと育ったのも愉しみ。

 足と肩の調子がイマイチで、枇杷葉の生葉を貼る。これも、毎日根気良く、続ける事に意味がある。一度にたくさん貼っても続けなければ、駄目なのだ。加えて、感謝する心がなくては、効き目も薄れる。枇杷葉で、癌が治ったり、諸々の症状が改善されるのも同。

 生命体の持ち得る、自然治癒能力には、本人の想いに加えて、医療的なことや、精神的なことが含まれる。薬を飲めば効く、のではなく、本人のどうしたいかの意思の力だろう。気力とも言うが、考え方や今までの、これからの生き方にも繋がる。個人差も含むが。

 秋の、我が家の状態。よるがおの咲いていることもあれば、パンジーの苗が出ていることもある。その年によって愉しみ。

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