枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

心を亡くさないで・・・

2017年05月16日 | Weblog

 人間であるが故に、心があり、機械でない証拠でもある。ところが最近は、機械に操られる日常と化している。くだらない番組等、観なくても良さそうなのに、電源を入れている。観ても観なくても垂れ流しである。子どもの、認知症の見張り番。

 テレビに守りをさせないで。便利で簡単な世の中になって、自分で考えることが極端に減り、あらゆることに流されていくのを、僅かでも疑問には思わないのだろうか。国会議員を見ていれば、一目瞭然のことだ。嘆かわしい者が大勢だね。

 中学校の修学旅行が、最近は沖縄になっているらしい。高校では、外国への旅である。その目的は何なのか?旅費が安ければいいの。その国の歴史を学んだり、日本との暮らしの違い等、事前に学んで行くのかしら?保護者の要望か。

 中学校も、高校も時代と共に変わっていくのは当然のことだが、安易な計画だけで行くのに心が重い。国内でも、他県に行くのは、地理や環境が大きく違う。緊急事態の発生も、予め想定範囲にしておきたいものだ。自然災害の恐ろしさも有。

 旧暦での季節感には、その地方にだけ起きる現象や、気温の変化等ある。事故が起きてから幾ら言っても遅い。まさか、ということもなきにしに非ずで、用心に越したことはない。人の言うままにしか行動できず、直感力や自然からの教えも。

 先ずは、観察することに興味を持とう。毎朝、或いは刻限を決めて、同じ場所での空の観察。雲の流れに、陽の照り方、影の出来具合や、花木の様子等、きちんと記録を取っておこう。そうすることに依って、ちょっとした変化にも気づくことが。

 然し、決して無理せずに、続けることをしよう。雨が降っても、決して忘れずに、出来る場所と時間で遣ること。何所かに行かなければ、というのでは続かない。部屋の中からでも、観察は可能でしょう。こつこつと小さな事から始め、継続すること。

 月の美しさは、小さな頃に、祖母から聴いた、かぐや姫の噺だった。我が家の藪にも、光竹があるかも、と心躍らせた。

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