枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

春やはる・・・

2017年03月19日 | Weblog

 お彼岸でもあるので、息子等と墓参りに出掛ける。麗らかで暖かな天気に、上着を脱いでしまう。墓の下には藪があり、枇杷葉を植えている。両親が元気だった頃に、植えてくれたのだが、笹が繁るので、周りを刈っておく。孫の高校合格や中学進学の報告。

 近所の小母さんが畑に出ていて、来訪に目を丸くする。息子の子であると話し、身体に気をつけて、と別れた。既に傘寿ではなかったか?嫁に来て、苦労したらしいが、当時には当たり前の生活であった。小母さんは働いていたから、実権は握っていたのよ。

 寒中に掃除に来たが、自然を防ぐことはできないので、笹が枯れて舞っていた。今日日の団地タイプの墓とは大違いで、掃除をしなければ、埋もれてしまう。蝮が這出て来ない内に、来なければと独り想う。鶯が、時ならぬ訪問に、びっくりして声を潜めたが。

 帰宅して、布団を広げる。蓬の草団子を作ろうと、庭の新芽を摘む。湯がいて白玉粉と混ぜ、醤油味で戴く。これが好評であるが、下の孫しか食べない。知人が、勤務を終え次第、散らし寿しを取りに寄るので、ことづけよう。春うららと居眠りがしてくるなぁ。

 枇杷葉を観て廻ったら、雪と霜の被害があって、枯れている花芽が目立つ。それでも家で口にする分には支障はないようだ。リエさんのとサンタさんのは、生っただけを送る。白枇杷の方は、鈴なり状態で、今年もたくさんの収穫だろう。喜び半分、淋しさが。

 クリスマスローズの蕾が、今年は少ない。尤も、買ったのもあって、直ぐには咲かないから、これも仕方ない。腐ったり枯れたのもある。天気と水の管理も難しいのだ。株分けをしないと駄目らしい。地植がいいのだが、庭が狭いのもあり、鉢にしているのも原因。

 まあ、毎年の咲き具合を愉しみに、その年の花を愉しめるのも好く、咲くまで待つことも必要だ。花にも、きっとその想いがあってと察する。人間の思い通りにはいかない。原発を再稼動させ、津波が起きて放射能が漏れたら、国民の税金で負担するの可笑し。

 末吉暁子さんの追悼に、図書館が展示してくれた。蔵書が少なかったが、職員の心使いに感謝する。

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