枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

釣瓶落としに・・・

2016年10月13日 | Weblog

 目覚めると、曇り空ではあったが、雨の降る気配はない。布団を干し、洗濯をする。庭の芋を抜いたり、球根を植え替えたり、フェンスの蔦を切ったり、土を入れたりして、一日の仕事にするが、気づけば早や夕方。秋の陽は釣瓶落とし、と言うが暮れなずむ。

 図書館に返却に行き、予約本を借りる。佐藤愛子さんの、90歳。何がめでたいは、新聞の書評にあったので、興味本位で借りた。内田康夫の著作も、半分以上を読む。不知火は飛ばして教室の亡霊にいったので、読んでおこうと探してもらう。倉庫に保管。

 枇杷葉の苞が、ぐんと大きくなってきた。リエさんのも、はっきり見えるほどになった。サンタさんのは、どの枝にも見える。西側のは、たくさん付いているが、結実はしない。寒さと日照時間も影響がある。フェンスのと、白枇杷には相変わらずたくさん膨らんでる。

 これに蔦が蔓延っていて、鎌で切っていく。あっと言う間に、と言うか、先日の長雨で伸びたようだ。野葡萄が熟れているのを、口に含むと甘い。これも来年のことにして、切っておいた。フェンスの外も気になるが、パソコンの状態もありブログに向うことにした。

 OCNの陰謀に違いない。夕方になると接続が怪しくなる。そうして切断する。こっちが頼んでもいないのに、勝手に切ってしまうのは許せない。何の権限か知らないが、不具合の状況が把握できない。勤務のない日にはいいが、日中の時間には更新できない。

 安納芋が、結構入っていた。枝豆も何とか収穫できた。有難いことである、と感謝の思いを馳せる。どんな些細なことにも、祈りと感謝を忘れないでおきたい。そのことに気づける幸せにもうれしい。そうしてお裾分けが出来ることにも。お金では買えないことだ。

 先日、茗荷鮨を作って、持って行ったところから、美味しかったと言われたが、これは自然からの恩恵に他ならない。お米にしろ水にせよ、自分では作れない。茗荷が手に入ったのも偶然のことだ。準備をしておいて、頃合いを見計らったが、総ては成り行き。

 白枇杷の全景。この時期、苞の状態から、薄茶色の皮を破って、白い花弁が覗く。そこら中が馥郁として。

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