愛されるということを意識できたのは、亡くなられたイタリアのR神父様に出会ってからだと思います。短い期間でしたが、カトリックの要理の勉強を教えていただいていました。出かけることの多かった神父様だったので、勉強時間は少なかったのですが、祈りの中に居られた方だけに内容は深いものがありました。
亡くなられてふと気が付くことがありました。それまで身体症状で、苦しんでいたのですが、その身体症状が治まっていたのです。
本当に不思議でした。今この勉強で、神父様の優しいお人柄が、私の孤独感を和らげてくださっていたのだと分かりました。
何故神父様の優しさを、あの頃の私は感じたのだろうかとも考えてみました。妹と幼いころ祖父母の取り合いを、していました。私は祖母、妹は祖父といつの間にか決められていました。今思うと祖母にかわいがられている私を見て、妹が不憫に思った祖父の思いやりだったように思えます。
その祖父とR神父様が、似ているのではないだろうかとこの頃思えるようになりました。
愛の原型が、同じなので神父様の優しさを受け入れることが出来たのではと思っています。
そして私は、初めて人に対して心を開いたように思います。愛される経験と愛する経験をこの時同時に経験し意識できたと思っています。
何度かブログに書いたのですが、私の愛とは、優しさ、思いやりなどの温かい心のことを言います。
今も私は、神父様のような温かい愛の人になりたいと思っています。まだまだ未熟ですが、私の人生の目標です。
良い出会いは、不安感を平安感へと導いてくださることを実感できて幸せです。


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還暦を、来年に迎えるこの年まで沢山の方たちに出会いました。

愛の原型とは、成育史の中で育まれてくるものだと学びました。










