中国の人権に物申さぬ傍観者だった菅義偉と岸田文雄が劉暁波氏の死に哀悼の意を表するマヤカシの神経

2017-07-15 11:05:55 | 政治

 
 【謝罪】昨日(2017年7月14日)のブログの題名中、「ノーベル平和賞劉暁波氏」と書くべきところを「ノーベル文学賞」と書き誤ってしましました。文中は「ノーベル平和賞」としていたのですが、迂闊でした。謝罪します。 

 ノーベル平和賞受賞、中国の民主活動家劉暁波氏が末期ガンで収監されていた刑務所を仮釈放されて治療のために病院に収容されると、アメリカやドイツ、EUが劉暁波氏の無条件釈放と海外での治療を求めた。

 7月7日と8日(2017年)、ドイツのハンブルクでで開催されたG20サミット出席のために訪独していた中国の習近平主席にメルケル首相は劉氏のドイツへの受入れを表明したが、受け入れられなかった。

 欧米の努力も虚しく、劉暁波氏は7月13日、この世を去った。この不条理な死に対して各国から哀悼の言葉が寄せられた。

 「日経電子版」 

 EUのトゥスク大統領とユンケル欧州委員長が7月13日に共同声明を公表。〈劉氏は「中国における最も卓越した人権の擁護者のひとりだった」と追悼。中国政府に対して、自宅軟禁下にある劉霞さんら家族の移動や連絡の制限を解除し、希望する場合には出国を認めるよう求め〉、〈「EUは中国における(言論や思想を理由に収監されている)良心の囚人をすべて解放すべきだと改めて要求する」と中国政府に訴えた。〉

 「NHK NEWS WEB」  

 ティラーソン米国務長官(7月13日)「中国で平和的な民主化運動を進めたため、長期に渡る懲役を科され、そのさなかに亡くなったノーベル平和賞の受賞者、劉暁波氏の死を悼む人たちに私も加わる。劉氏は中国の発展、正義と自由の追求に、命をささげた。

 劉氏は自由や平等を求める闘いを通じて、ノーベル平和賞がたたえる精神を具現化した」
 
 ティラーソン長官は中国政府に対して軟禁状態に置かれている劉暁波氏の妻の劉霞さんを解放し、本人が希望すれば出国を認めるよう求めたという。

 同記事は7月13日にドイツ政府報道官がツイッター上でメルケル首相のコメントを紹介したと伝えている。

 メルケル首相コメント「人権と言論の自由のために戦った勇気ある闘士の死を悲しんでいる」

 シュタインマイヤー独大統領「勇敢な人権活動家で、ノーベル平和賞受賞者の死を深く悲しんでいる。劉氏は中国のためにできるかぎりのことをしたいと望み、その彼が忘れられることはない」

 イスラム諸国の国民や女性に対する人権意識に問題があり、人権を口にする資格に疑問符がつく米大統領トランプだが、アメリカ自体が中国の人権に物申してきたから、劉暁波氏の死に一言言う資格はあるのだろう、ホワイトハウスはトランプの劉暁波氏の死に対する思いを7月13日に紹介している。

 「時事ドットコム」    

 「トランプ氏は劉氏死去の報を聞き、深く悲しんだ。劉氏は民主主義と自由の追求に生涯をささげた」

 劉暁波氏に冠した各人の言葉、あるいはコメント、「人権の擁護者」、「自由や平等を求める闘いを通じて、ノーベル平和賞がたたえる精神を具現化した」、「人権と言論の自由のために戦った勇気ある闘士」、「勇敢な人権活動家」、「民主主義と自由の追求に生涯をささげた」等は逆に中国の抑圧性を張り巡らした人権状況を言い当てていて、そのような人権状況に対する批判――物申す意思を裏合わせしていることになる。

 大体がノーベル平和賞を選考する機関であるノルウェー・ノーベル賞委員会が国家政権転覆扇動罪で投獄されていた劉暁波氏にノーベル平和賞を授与したのは中国の共産党一党独裁が基本的人権を保障していない政治体制であって、そのことに物申す意図があったはずだ。

 中国政府が劉暁波氏ノーベル平和賞受賞に猛反発したのは、この意図に対してだろう。

 アメリカやドイツ、EUは中国の劣悪な人権状況に憂慮し、その人権姿勢に常に物申してきた。決して常に音無しの構えでいたわけではなかった。決して傍観者ではなかった。

 哀悼の意は中国の劣悪な人権状況に意思表示してきた憂慮が功を奏することなく新たな犠牲を生み出したことの自責の念と改めての憂慮の意思表示であるはずだ。

 「NHK NEWS WEB」  

 官房長官の菅義偉「自由と民主主義の追求に人生を捧げた劉暁波氏のご逝去の報に接し、心から哀悼の意を表したい。

 政府としては、自由、基本的人権の尊重、法の支配は、国際社会における普遍的価値であり、これらが中国でも保障されることが重要だと考えている。引き続き高い関心を持って中国の人権状況を注視していきたい」

 外相岸田文雄「自由と民主の追求に人生をささげられた劉暁波氏のご逝去の報に接し、心から哀悼の意を表したい。

 自由、基本的人権の尊重、法の支配は国際社会における普遍的価値であり、これらが中国においても保障されることが重要だ。引き続き、高い関心をもって中国の人権状況を注視していきたい」

 安倍晋三をも含めて劉暁波氏に対する中国政府の人権対応に憂慮とまではいかずとも、最低限、懸念の意思表示を目的に何かを物申すこともせず、音無しの構えを決め込み、傍観者状態でいながら、菅義偉も岸田文雄も「自由と民主主義の追求に人生を捧げた」と劉暁波氏に哀悼の意を示すことのできる神経とは、どのような神経なのだろうか。

 あるいは安倍晋三をも含めて劉暁波氏に対する中国政府の人権対応に憂慮とまではいかずとも、最低限、懸念の意思表示を目的に何かを物申すこともせず、音無しの構えを決め込み、傍観者状態でいながら、いわば何ら関心を示してこなかったにも関わらず、菅義偉も岸田文雄も「引き続き、高い関心をもって中国の人権状況を注視していきたい」と言うことのできる神経とは、どのような神経なのだろうか。

 このマヤカシに説明がつくのだろうか。

 同記事は、〈菅官房長官は、劉氏が海外での治療を希望していたものの中国政府が認めなかったことについて、「詳細は差し控えるが、さまざまなルートで日本政府の考え方を実は中国に伝えていた」と述べました。〉と書いているが、2013年2月1日の第2次安倍政権2012年12月26日発足後初の通常国会での安倍晋三の所信表明演説に対する参議院での各党代表質問で、「劉暁波氏の釈放は求めますか」とのみんなの党の水野賢一の質問に対して安倍晋三は「釈放されることが望ましいと考えます」と、当たり障りのない単なる願望を表明しただけで、その後、「このような観点から、これまでも政府間の対話などの機会をとらえて民主活動家についての我が国の懸念を中国側に伝えてきております」と言っている「懸念」の伝達にしても、当たり障りのない文言に留まる儀式性を相互対応することになるはずで、菅義偉の安倍晋三と同じ趣旨の「詳細は差し控えるが、さまざまなルートで日本政府の考え方を実は中国に伝えていた」にしても、同一線上の当たり障りのない形式的な文言での伝達と見なければ、整合性が取れない。

 大体からして他国の悪質な人権状況に対してある国が憂慮や懸念の声を上げるのは他国に対して自国の良好な人権状況との比較から行うのであって、同時に自国の人権状況を手本として提示する意味合いも含めている。

 前者・後者が成り立っていないのに他国の人権状況に憂慮や懸念の口出しをする資格はない。

 当然、一国のリーダーなりが口に出して他国に憂慮や懸念を伝えてこそ、国対国の関係の中であるべき人権状況を当たり障りにではなく、明確に伝え切ることができる。

 安倍晋三が自分の口で自ら伝えなければ、意味は無いということである。

 この点からも、いわば安倍晋三が一度も自らの口で中国政府に対して劉暁波氏の釈放を求めいていない以上、「さまざまなルートで日本政府の考え方を実は中国に伝えていた」は自ずと、当たり障りのなことしか伝えていなかったという答を出していることになる。

 安倍晋三だけではなく、菅義偉にしても、岸田文雄にしても中国の人権に物申さぬ傍観者であることに変わりはないというオチと、人権意識がその程度であることに変わりはないというオチしか出てこないのだが、知らぬが仏でそのオチをオチとしないマヤカスことに長けた神経だけは見事である。

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