蓮舫の山本有二に対する「大臣の放言や暴言に対して、対案や提案があるだろうか」の大いなる見当違い

2016-11-08 10:19:37 | 政治

 民進党代表の蓮舫が2016年11月6日、〈大津市で開かれた党の会合で、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の国会承認を求める議案などの審議に関連して、「暴言をした山本農林水産大臣の責任を明らかにすることなく、前に進めることは絶対にありえない」と述べ、山本大臣は辞任すべきだという考えを重ねて示し〉たと11月6日付、「NHK NEWS WEB」が伝えている。

 蓮舫「国会はもめていて、私たちは『審議拒否ではないか、批判ばかりではないか』と必ず言われる。しかし、大臣の放言や暴言に対して、対案や提案があるだろうか。

 与野党が採決日程の合意に向けて努力をしてきた日に、山本農林水産大臣が暴言をした。合意していた日程を飛ばした大臣の責任を明らかにすることなく、前に進めることは絶対にありえない。正すのは政府・与党の役目だ」――

 確かにこの場合、政策的には「大臣の放言や暴言に対して、対案や提案」はない。

 だが、それが「放言」であり、「暴言」だと非難する以上、ただ単に放言だ、暴言だと言うだけではなく、そのような発言がなぜ「放言」に当たるのか、なぜ「暴言」に当たるのか、的確に言い当てて、それゆえに役目としている大臣の立場上、あるいは大臣まで務めている一個の人間としての人格上非常に不適切で、その任に値しないことになる、辞任すべきだと他者をして納得させしめる説明責任が蓮舫にはあるはずである。

 その説明が政策上の対案や提案に相当することになる。

 その説明責任を果たしさえすれば、官房長官の菅義偉が「軽率な発言をしたことを本人は深く反省していて、辞任するようなことではない」(NHK NEWS WEB)といくら山本有二を庇おうとも、その言葉自体に国民は正当性を見ないことになる。

 ところが蓮舫は「大臣の放言や暴言に対して、対案や提案があるだろうか」と、本人としては注目を集める気の利いた言葉を口にしたといい気分になっているかもしれないが、“なぜ”の説明責任を果たさなければならないところを果たさないないままに自身が新代表になって「民進党は反対ばかりではない、対案もするし、提案もする」と示した民進党の新しい姿勢にただ単に引っ掛けただけに過ぎないから、菅義偉の山本有二を擁護する言葉に逆に正当性を与えることになっている。

 結果、この言葉を正当性の楯として辞任させる気はさらさらない。

 何もかも蓮舫が“なぜ”なのかの理由を的確な言葉で言い当てずにただ単に「放言だ、暴言」と言うことでそれが放言であること、暴言であることを国民に示し得ていると思い込んでいる見当違いから発しているはずだ。

 それが気の利いた言葉だと思ったとしても、論理に適っていなかったり、前後の脈絡の整合性という点で外れていたなら、却って小賢しいだけの言葉になりかねない。

 確かに蓮舫は気の利いた言葉が得意で、そういった言葉を頻繁に口にする。一見、頭の回転が早そうな印象を与え、それが素早い行動力につながっているかのように思わせる。

 そういったところが人気の源点となっているのだろうが、発言は前以て頭の中で想定問答して論理的に的確な言葉の発信を心がけるべきで、そうせずに気の利いた言葉だけに注力していたのでは、いつかは自身の発言をキッカケとして自分から墓穴を掘らない保証はない。

 代表代行時代の蓮舫が代表選立候補に向けて2016年8月23日に日本外国特派員協会で記者会見したとき、代表の岡田克也を評して「私は岡田克也代表を大好きです。ただ、1年半一緒にいて、本当につまらない男だと思いました」と発言したのは自身では人が注目する気の利いた言葉だと思ってのことなのだろう。

 だが、気の利いた言葉どころか、蓮舫らしい小賢しさだけを感じさせた発言となっていた。

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