
丸山神社/北海道北斗市(Maruyama Jinja,Hokuto Hokkaido Japan)
2014年9月28日(日)、北斗市当別にある丸山神社に参拝。国道228号沿いにある丘の上の中くらいの神社。石段を登り、白い第1鳥居。砂利参道、手水舎。白い第2鳥居、石段を登る。大きな杉・オンコ(イチイ)の木。灰色の第3鳥居、石段は続く。やっと石段が終わり、奥に赤屋根の拝殿あり。近くの石別小学校から「赤トンボ」のチャイムが聞こえてくる。もう正午だ。水道水が出る手水台、トイレあり。拝殿の奥に本殿が別に建てられている。拝殿と本殿の屋根には千木と鰹木が無い。木々の間から海が見える。潮騒が聞こえてくる。社務所なし。
獅子狛犬は拝殿前に1対居た。
阿吽正常。岡崎型だ。奉納年は昭和54年5月30日(1979年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒049-0282 北斗市当別2丁目1番1号
☆祭神
・級津比古神(しなつひこのかみ)
・級津比賣神(しなつひめのかみ)
☆由緒
寛政6年(1794)創立と伝う。蝦夷地航路開き北前船の往来が盛んになった頃より江差松前、箱館の往来も盛んになったため、凪待ち(風待つとも云う)舟が当別の舟澗にも入る様になり、船の航路の標識となったのは背後の丸山であった。よって丸山山頂に神祠を建て祀ったと伝えられる。本州江差松前箱館への往来がはげしくなり当別の港は風待ちの舟で賑わった。(今でも海岸線の舟澗に和船の大イカリが沈んでいるのが沢山ある) 舟出の順風を祈願して崇敬したと伝えられる。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
川下社神社 速秋津姫神 元禄10年創祀 明治11年合祀
若穂稲荷神社 倉稲魂命 文化2年9月17日創祀 明治11年合祀
☆地名の由来
・北斗市:北斗市の名は、旧上磯町と旧大野町が合併して新市ができたときに、市民公募で付けられた。
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2014年9月28日(日)、北斗市当別にある丸山神社に参拝。国道228号沿いにある丘の上の中くらいの神社。石段を登り、白い第1鳥居。砂利参道、手水舎。白い第2鳥居、石段を登る。大きな杉・オンコ(イチイ)の木。灰色の第3鳥居、石段は続く。やっと石段が終わり、奥に赤屋根の拝殿あり。近くの石別小学校から「赤トンボ」のチャイムが聞こえてくる。もう正午だ。水道水が出る手水台、トイレあり。拝殿の奥に本殿が別に建てられている。拝殿と本殿の屋根には千木と鰹木が無い。木々の間から海が見える。潮騒が聞こえてくる。社務所なし。
獅子狛犬は拝殿前に1対居た。
阿吽正常。岡崎型だ。奉納年は昭和54年5月30日(1979年)。
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☆所在地
〒049-0282 北斗市当別2丁目1番1号
☆祭神
・級津比古神(しなつひこのかみ)
・級津比賣神(しなつひめのかみ)
☆由緒
寛政6年(1794)創立と伝う。蝦夷地航路開き北前船の往来が盛んになった頃より江差松前、箱館の往来も盛んになったため、凪待ち(風待つとも云う)舟が当別の舟澗にも入る様になり、船の航路の標識となったのは背後の丸山であった。よって丸山山頂に神祠を建て祀ったと伝えられる。本州江差松前箱館への往来がはげしくなり当別の港は風待ちの舟で賑わった。(今でも海岸線の舟澗に和船の大イカリが沈んでいるのが沢山ある) 舟出の順風を祈願して崇敬したと伝えられる。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
川下社神社 速秋津姫神 元禄10年創祀 明治11年合祀
若穂稲荷神社 倉稲魂命 文化2年9月17日創祀 明治11年合祀
☆地名の由来
・北斗市:北斗市の名は、旧上磯町と旧大野町が合併して新市ができたときに、市民公募で付けられた。
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