
糠内神社/北海道幕別町(Nukanai Jinja,Makubetsu Hokkaido Japan)
2015年5月30日(土)、幕別町字糠内にある糠内神社(ぬかないじんじゃ)に参拝。道道62号沿いにある小・中学校に挟まれた丘の上の中くらいの神社。石段を登り白い鳥居、砂利参道。境内はトドマツ、エゾマツ、カシワ、などの巨木の林。また石段を上がる。左に丸太の柱上に屋根を載せた素朴な手水舎。奥に赤屋根の社殿。右にブルーシートに覆われた土俵、鎮座百年記念碑、左に忠魂碑と糠内開拓記念碑あり。
獅子狛犬は鳥居と社殿前の中間に1対居た。
阿吽は正。荒削りの四角い体型。両足は台座と一体、タレ耳、タテガミなし、大きな尾はゴロンと丸い。阿像は口中に玉。奉納年は昭和46年9月(1971年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒089-0786 中川郡幕別町字糠内256番地
☆祭神
・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
☆由緒
明治37年日露戦役当時、五位団体住民が相談し、開拓の安全と戦勝を祈願するため、郷里の富山県西砺波郡西五位村の村社「五位神社」の分霊を糠内の地に奉祀し五位神社分社とした。社殿の造営は吉田平一郎以下33名が材料を持ち寄り労力を奉仕して仮社殿を建築し、遷座祭を執行した。明治42年地区の総会で五位団体のみの神社ではなく、地域の総鎮守とすることになり、「糠内神社」と改称した。また西糠内・中糠内の開発進展から戸数も増加し、神社を地域中央の現在地に移すことになり、氏子一同が奉仕して鳥居・社殿を建築した。明治41年には59戸だった氏子も大正初年に100戸を越え、社殿の狭隘にともない大正4年大正天皇即位を記念して社殿を造営した。昭和16年紀元2600年を記念し神社昇格申請を提出、翌17年12月無格社として公認された。昭和22年宗教法人となった。
☆地名の由来
・幕別町:アイヌ語の「マクンベツ」(山ぎわを流れる川)から。
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2015年5月30日(土)、幕別町字糠内にある糠内神社(ぬかないじんじゃ)に参拝。道道62号沿いにある小・中学校に挟まれた丘の上の中くらいの神社。石段を登り白い鳥居、砂利参道。境内はトドマツ、エゾマツ、カシワ、などの巨木の林。また石段を上がる。左に丸太の柱上に屋根を載せた素朴な手水舎。奥に赤屋根の社殿。右にブルーシートに覆われた土俵、鎮座百年記念碑、左に忠魂碑と糠内開拓記念碑あり。
獅子狛犬は鳥居と社殿前の中間に1対居た。
阿吽は正。荒削りの四角い体型。両足は台座と一体、タレ耳、タテガミなし、大きな尾はゴロンと丸い。阿像は口中に玉。奉納年は昭和46年9月(1971年)。
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☆所在地
〒089-0786 中川郡幕別町字糠内256番地
☆祭神
・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
☆由緒
明治37年日露戦役当時、五位団体住民が相談し、開拓の安全と戦勝を祈願するため、郷里の富山県西砺波郡西五位村の村社「五位神社」の分霊を糠内の地に奉祀し五位神社分社とした。社殿の造営は吉田平一郎以下33名が材料を持ち寄り労力を奉仕して仮社殿を建築し、遷座祭を執行した。明治42年地区の総会で五位団体のみの神社ではなく、地域の総鎮守とすることになり、「糠内神社」と改称した。また西糠内・中糠内の開発進展から戸数も増加し、神社を地域中央の現在地に移すことになり、氏子一同が奉仕して鳥居・社殿を建築した。明治41年には59戸だった氏子も大正初年に100戸を越え、社殿の狭隘にともない大正4年大正天皇即位を記念して社殿を造営した。昭和16年紀元2600年を記念し神社昇格申請を提出、翌17年12月無格社として公認された。昭和22年宗教法人となった。
☆地名の由来
・幕別町:アイヌ語の「マクンベツ」(山ぎわを流れる川)から。
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