
伊達神社1/北海道伊達市(Date shrine,Hokkaido Japan)
2013年7月11日(木)伊達市末永町にある伊達神社を訪問。明治2年、宮城県から伊達邦成公が旧臣を率いて当地に移住し開墾に成功。伊達邦成公を祭神として祭る。平地の神社。赤い屋根の立派な社殿だ。
獅子狛犬は2対居た。2対とも社殿の前に鎮座。
①ちょっと手前の外側の獅子狛犬。お尻を上げた構え型。遊ぼうのポーズ。阿吽像配置は正常。細い体形で飢えたオオカミのような風貌。髪は太い棒のように編んでいる。奉納は、昭和31年10月30日(1956年)。
-----------------ネットによると---------------------------------------------
☆所在地
〒052-0021伊達市末永町24番地1 電話 0142-23-3585
☆祭神
・武甕槌命(たけみかづちのみこと)
・経津主命(ふつぬしのみこと)
・幸御魂命(さちみたまのみこと)
・伊達邦成命(だてくにしげのみこと)
・田村顯允命(たむらあきまさのみこと)
☆由緒
明治2年、伊達邦成公(旧藩主)有珠郡支配を命ぜられ、宮城県宇田・亘理両郡の旧臣を率いて当地に移住し開墾の業を進む。同6年まで移住者相次ぎ、ついに500余戸に達す。明治8年7月(同6年願い済み)時の開拓使伊達邦成公が有珠郡開拓と北門鎮護の守護神として旧磐城国亘理郡鎮座、延喜式内社鹿島天足和気神社の御分霊を勧請し神殿を建立。明治9年4月8日、邦成公自ら祭主となり、開拓使主典田村顯允公が副祭主、祠官黒野時中が奉仕して遷座祭を執行した。元紋鼈桜小路幌美内岡頭に鎮座。明治41年鹿島町に奉遷し、大正8年(開拓50年記念)に現在の社殿を改築した。昭和10年有珠郡開拓の先覚者であり偉勲者である伊達邦成公・田村顯允翁の2柱を配神として合祀、昭和48年現在地末永町に遷座された。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
伊達邦成命 昭和10年合祀・田村顯允命 昭和10年合祀
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2013年7月11日(木)伊達市末永町にある伊達神社を訪問。明治2年、宮城県から伊達邦成公が旧臣を率いて当地に移住し開墾に成功。伊達邦成公を祭神として祭る。平地の神社。赤い屋根の立派な社殿だ。
獅子狛犬は2対居た。2対とも社殿の前に鎮座。
①ちょっと手前の外側の獅子狛犬。お尻を上げた構え型。遊ぼうのポーズ。阿吽像配置は正常。細い体形で飢えたオオカミのような風貌。髪は太い棒のように編んでいる。奉納は、昭和31年10月30日(1956年)。
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☆所在地
〒052-0021伊達市末永町24番地1 電話 0142-23-3585
☆祭神
・武甕槌命(たけみかづちのみこと)
・経津主命(ふつぬしのみこと)
・幸御魂命(さちみたまのみこと)
・伊達邦成命(だてくにしげのみこと)
・田村顯允命(たむらあきまさのみこと)
☆由緒
明治2年、伊達邦成公(旧藩主)有珠郡支配を命ぜられ、宮城県宇田・亘理両郡の旧臣を率いて当地に移住し開墾の業を進む。同6年まで移住者相次ぎ、ついに500余戸に達す。明治8年7月(同6年願い済み)時の開拓使伊達邦成公が有珠郡開拓と北門鎮護の守護神として旧磐城国亘理郡鎮座、延喜式内社鹿島天足和気神社の御分霊を勧請し神殿を建立。明治9年4月8日、邦成公自ら祭主となり、開拓使主典田村顯允公が副祭主、祠官黒野時中が奉仕して遷座祭を執行した。元紋鼈桜小路幌美内岡頭に鎮座。明治41年鹿島町に奉遷し、大正8年(開拓50年記念)に現在の社殿を改築した。昭和10年有珠郡開拓の先覚者であり偉勲者である伊達邦成公・田村顯允翁の2柱を配神として合祀、昭和48年現在地末永町に遷座された。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
伊達邦成命 昭和10年合祀・田村顯允命 昭和10年合祀
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