
定山渓神社/北海道札幌市(Jozankei Jinja,Sapporo,Hokkaido Japan)
2016年9月19日(月)、札幌市南区にある定山渓神社(じょうざんけいじんじゃ)に参拝。国道230号沿い定山渓温泉の山裾にある大きな神社。石段を上がり焦げ茶色鳥居、コンクリート板参道。境内は、イチョウ、モミジ、カシワ、エゾマツ、トドマツなどの巨木の林。コンクリート参道をゆく。右に新しい手水舎、青いホースから水が流れっぱなしだ。山から水を引いて来ているようだ。奥に赤屋根の社殿あり。社殿左奥に末社:大山祇神社あり。更に左に資材庫。
獅子狛犬は2対居た。
1対目は、鳥居と社殿の中間に居た。阿吽像の配置は逆。筋骨隆々の逞しい体型。耳は水平、タテガミはウズを巻き流れ、尾は円錐状で直立。奉納年は昭和3年10月(1928年)。
2対目は、社殿の前に居た。阿吽像の配置は正常。四角いガッチリした体型。耳は水平、タテガミは首飾りのようにウズを巻き、尾は3つに分かれて直立。阿像は大きな口を四角に開く。奉納年は昭和9年10月(1934年)。
ポケモンGO:無し。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒061-2301 札幌市南区定山渓温泉東3丁目218番地
☆祭神
・大己貴神(おおなむちのかみ)
・少彦名神(すくなひこなのかみ)
・大山祇神(おおやまつみのかみ)
・罔象女命(みつはのめのみこと)
・金山彦神(かなやまひこのかみ)
・美泉定山命(びせんじょうざんのみこと)
☆由緒
明治44年(1911)9月6日創立。大己貴神、少彦名神、大山祇神、罔象女命、金山彦神、美泉定山命を奉斎する。大東亜戦争後、昭和28年6月20日鹿の湯クラブに於いて総代、藤島盛久(1区)、丸山角藏(2区)、林正義(3区)、浜野常七(4区)、山田陽弘(5区)、東野一文(6区)、河端重好(7区)、佐藤貫一(8区)が会議を行い宗教法人設立について意見を交わし、昭和31年6月8日宗教法人定山渓神社として登記完了する。例祭9月10日。美泉定山は文化12年1月7日岡山県に生まれる。安政3年渡道し、明治元年土人の案内により此地に来て温泉が湧出するを発見。明治4年開拓使から湯守を命ぜられ此の地を定山渓と命名し、浴客の便を図り定山渓開拓の基礎をつくれる恩人である。
☆地名の由来
・札幌市:アイヌ語の「サッ・ポロ」(sat-poro、乾いた大きい)とする説(「かつての豊平川が乾季に極端に水量が少なくなる川だったため」、あるいは「一帯が乾燥した広大な土地だったため」)や、「サリ・ポロ・ペッ」(sari-poro-pet、その葦原が・広大な・川)であるとする説などがある。
・定山渓:1866年(慶応4年)頃、定山渓温泉の存在を確認し、湯治場をつくり、定山渓地区の開拓に貢献した美泉定山の「定山」より由来する。美泉定山は、岡山県出身の曹洞宗の僧侶であり、1853年(嘉永6年)より、江差や瀬棚そして小樽の張碓と布教活動を繰り広げた。
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2016年9月19日(月)、札幌市南区にある定山渓神社(じょうざんけいじんじゃ)に参拝。国道230号沿い定山渓温泉の山裾にある大きな神社。石段を上がり焦げ茶色鳥居、コンクリート板参道。境内は、イチョウ、モミジ、カシワ、エゾマツ、トドマツなどの巨木の林。コンクリート参道をゆく。右に新しい手水舎、青いホースから水が流れっぱなしだ。山から水を引いて来ているようだ。奥に赤屋根の社殿あり。社殿左奥に末社:大山祇神社あり。更に左に資材庫。
獅子狛犬は2対居た。
1対目は、鳥居と社殿の中間に居た。阿吽像の配置は逆。筋骨隆々の逞しい体型。耳は水平、タテガミはウズを巻き流れ、尾は円錐状で直立。奉納年は昭和3年10月(1928年)。
2対目は、社殿の前に居た。阿吽像の配置は正常。四角いガッチリした体型。耳は水平、タテガミは首飾りのようにウズを巻き、尾は3つに分かれて直立。阿像は大きな口を四角に開く。奉納年は昭和9年10月(1934年)。
ポケモンGO:無し。
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☆所在地
〒061-2301 札幌市南区定山渓温泉東3丁目218番地
☆祭神
・大己貴神(おおなむちのかみ)
・少彦名神(すくなひこなのかみ)
・大山祇神(おおやまつみのかみ)
・罔象女命(みつはのめのみこと)
・金山彦神(かなやまひこのかみ)
・美泉定山命(びせんじょうざんのみこと)
☆由緒
明治44年(1911)9月6日創立。大己貴神、少彦名神、大山祇神、罔象女命、金山彦神、美泉定山命を奉斎する。大東亜戦争後、昭和28年6月20日鹿の湯クラブに於いて総代、藤島盛久(1区)、丸山角藏(2区)、林正義(3区)、浜野常七(4区)、山田陽弘(5区)、東野一文(6区)、河端重好(7区)、佐藤貫一(8区)が会議を行い宗教法人設立について意見を交わし、昭和31年6月8日宗教法人定山渓神社として登記完了する。例祭9月10日。美泉定山は文化12年1月7日岡山県に生まれる。安政3年渡道し、明治元年土人の案内により此地に来て温泉が湧出するを発見。明治4年開拓使から湯守を命ぜられ此の地を定山渓と命名し、浴客の便を図り定山渓開拓の基礎をつくれる恩人である。
☆地名の由来
・札幌市:アイヌ語の「サッ・ポロ」(sat-poro、乾いた大きい)とする説(「かつての豊平川が乾季に極端に水量が少なくなる川だったため」、あるいは「一帯が乾燥した広大な土地だったため」)や、「サリ・ポロ・ペッ」(sari-poro-pet、その葦原が・広大な・川)であるとする説などがある。
・定山渓:1866年(慶応4年)頃、定山渓温泉の存在を確認し、湯治場をつくり、定山渓地区の開拓に貢献した美泉定山の「定山」より由来する。美泉定山は、岡山県出身の曹洞宗の僧侶であり、1853年(嘉永6年)より、江差や瀬棚そして小樽の張碓と布教活動を繰り広げた。
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