
若松神社 /北海道せたな町(Wakamatsu Jinja,Setana Hokkaido Japan)
2014年7月15日(火)、せたな町北桧山区若松にある若松神社を訪問。国道229号沿いの街の中の中くらいの神社。道路向かいはJP若松局、右側にはログハウスの若松基幹集落センター。白い第1鳥居、右に「わかまつ拓きて百年」碑。玉砂利の参道、何か工事中だ。。石段を登り白い第2鳥居。さらに石段を登り赤屋根の社殿。手水舎。左は遊具がある若松公園、忠魂碑、東屋がある。右に下りていくと若松僻地保育園こぐまクラブ。更に右に行くと古い小さな社のような建物と乳牛報徳之碑あり。社務所なし。
獅子狛犬は社殿前に1対居た。
岡崎型だ。阿吽は正常。奉納年は昭和52年9月15日(1977年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒049-4752 久遠郡せたな町北桧山区若松611番地
☆祭神
・ 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
☆由緒
当若松地区は、明治30年穴沢祐造ら7名の共同経営農場が開かれ移住民11戸から始まった。「日夜慰安なく終歳娯楽なし寔に本道開墾者の困難艱苦は蓋し都人の想像能わざるものあり」と記し、住人の心のよりどころにと神社創立の運びとなった。明治32年9月、地区中央に境内地を定め祠を設け天照大御神を祀り、翌33年拝殿を建て9月15日を例祭日とした。明治43年、基本財産として8・9ヘクタールの土地を寄附し、大正9年に無格社若松神社の創立を出願。大正11年11月3日許可されたので直ちに社殿改築の準備にかかり大正13年竣工、遷座祭を斎行している。その後、若干の外壁を補修改装して、現在に至っている。
☆地名の由来
・若松の地名は明治29年に福島県会津若松の出身者が入植したことに由来します。
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2014年7月15日(火)、せたな町北桧山区若松にある若松神社を訪問。国道229号沿いの街の中の中くらいの神社。道路向かいはJP若松局、右側にはログハウスの若松基幹集落センター。白い第1鳥居、右に「わかまつ拓きて百年」碑。玉砂利の参道、何か工事中だ。。石段を登り白い第2鳥居。さらに石段を登り赤屋根の社殿。手水舎。左は遊具がある若松公園、忠魂碑、東屋がある。右に下りていくと若松僻地保育園こぐまクラブ。更に右に行くと古い小さな社のような建物と乳牛報徳之碑あり。社務所なし。
獅子狛犬は社殿前に1対居た。
岡崎型だ。阿吽は正常。奉納年は昭和52年9月15日(1977年)。
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☆所在地
〒049-4752 久遠郡せたな町北桧山区若松611番地
☆祭神
・ 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
☆由緒
当若松地区は、明治30年穴沢祐造ら7名の共同経営農場が開かれ移住民11戸から始まった。「日夜慰安なく終歳娯楽なし寔に本道開墾者の困難艱苦は蓋し都人の想像能わざるものあり」と記し、住人の心のよりどころにと神社創立の運びとなった。明治32年9月、地区中央に境内地を定め祠を設け天照大御神を祀り、翌33年拝殿を建て9月15日を例祭日とした。明治43年、基本財産として8・9ヘクタールの土地を寄附し、大正9年に無格社若松神社の創立を出願。大正11年11月3日許可されたので直ちに社殿改築の準備にかかり大正13年竣工、遷座祭を斎行している。その後、若干の外壁を補修改装して、現在に至っている。
☆地名の由来
・若松の地名は明治29年に福島県会津若松の出身者が入植したことに由来します。
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