
鬼神社/青森県弘前市(Ki Jinja,Hirosaki-shi,Aomori,Japan)
2017年4月15日(土)、弘前市鬼沢にある鬼神社(きじんじゃ)に参拝。集落にある中くらいの神社。近くに自得小学校あり。赤い第1鳥居、アスファルト参道。左に由緒版。参道をゆく。左に寄進者名碑2基、赤い第2鳥居には注連縄に米俵が乗っている。第2鳥居の前を左に曲がり、石板参道。右に招魂碑と皇紀2600年碑。南に参道があるのでそちらに行く。左に赤い鳥居の末社:春日神社。参道に戻り、石欄干の小さな太鼓橋を渡る。左に手水舎。境内は杉の巨木。コンクリート階段、赤い鳥居。右に社務所、左に石碑と馬の像。砂利参道となり、奥に赤屋根の社殿。右に資材庫。
獅子狛犬は4対居た。
1対目は赤い鳥居前に居た。
阿吽像は正常配置。筋肉のついた縦長体型。タレ耳、タテガミは少なく、尾は3つのフサとなり直立。奉納年は、明治12年5月9日(1879年)。
2対目は1対目のすぐ後ろに居た。
阿吽像は正常配置。頭は小さく均整の取れた体型。阿像は右手に子獅子がしがみつく。吽像は右手に玉を持つ。タレ耳、タテガミは少ないが流れ、尾はモコモコとなり背に張り付く。奉納年は、不明。
3対目は赤い鳥居の後ろに居た。
狛犬ではなく狛魚だ。タイに似たがっしりとした魚だ。頭は左右ともに右を向いている。狛魚は初めて見た。奉納年は、昭和53年旧5月29(1978年)とあり、藤田重次郎氏80歳が建立。
4対目は社殿前に居た。
阿吽像は正常配置。大きく四肢を踏ん張り立ち上がった体型。座っていないので躍動感に溢れる。タレ耳、タテガミは豊かに流れ、尾は房が集まって太く横に乱れるように流れる。奉納年は、不明。
ポケモンGO:ジム×1、ポケストップ×2。
------------ネットによると-----------
☆所在地
〒036-1205 青森県弘前市鬼沢菖蒲沢5
☆祭神
・高照姫神(たかてるひめのかみ)
・伊弉諾大神(いざなぎのかみ)
・大山祇神(おおやまつみのかみ)
☆由緒
坂上田村麻呂が蝦夷討伐にあたり、岩木山本官の高照比売命の霊験をうけ、岩木山北麓に厳鬼山西方寺観音院を創立した際に合わせて勧請した鬼神宮が後に現在地に移転。明治6年村社、同14年郷社。
☆地名の由来
・弘前市:弘前は、以前「高岡」とか「鷹岡(鷹ヶ岡) と呼ばれていた。これは、城地が高台にあることや、昔は鷹 が多く生息していたというところに由来。 高岡が弘前に改称された理由は、はっきりしてないが、弘(ひろ)は広いどこまでも無限に広がっていくと言う意味で、前(さき)は邪を切ると言う意味がある。「悪いところは切り落として無限に街が広がってゆく」と言う大変縁起のいい名前から由来。
・鬼沢(おにざわ):農業の神と崇められる鬼神を祀る鬼神社と関係していると思われる。
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2017年4月15日(土)、弘前市鬼沢にある鬼神社(きじんじゃ)に参拝。集落にある中くらいの神社。近くに自得小学校あり。赤い第1鳥居、アスファルト参道。左に由緒版。参道をゆく。左に寄進者名碑2基、赤い第2鳥居には注連縄に米俵が乗っている。第2鳥居の前を左に曲がり、石板参道。右に招魂碑と皇紀2600年碑。南に参道があるのでそちらに行く。左に赤い鳥居の末社:春日神社。参道に戻り、石欄干の小さな太鼓橋を渡る。左に手水舎。境内は杉の巨木。コンクリート階段、赤い鳥居。右に社務所、左に石碑と馬の像。砂利参道となり、奥に赤屋根の社殿。右に資材庫。
獅子狛犬は4対居た。
1対目は赤い鳥居前に居た。
阿吽像は正常配置。筋肉のついた縦長体型。タレ耳、タテガミは少なく、尾は3つのフサとなり直立。奉納年は、明治12年5月9日(1879年)。
2対目は1対目のすぐ後ろに居た。
阿吽像は正常配置。頭は小さく均整の取れた体型。阿像は右手に子獅子がしがみつく。吽像は右手に玉を持つ。タレ耳、タテガミは少ないが流れ、尾はモコモコとなり背に張り付く。奉納年は、不明。
3対目は赤い鳥居の後ろに居た。
狛犬ではなく狛魚だ。タイに似たがっしりとした魚だ。頭は左右ともに右を向いている。狛魚は初めて見た。奉納年は、昭和53年旧5月29(1978年)とあり、藤田重次郎氏80歳が建立。
4対目は社殿前に居た。
阿吽像は正常配置。大きく四肢を踏ん張り立ち上がった体型。座っていないので躍動感に溢れる。タレ耳、タテガミは豊かに流れ、尾は房が集まって太く横に乱れるように流れる。奉納年は、不明。
ポケモンGO:ジム×1、ポケストップ×2。
------------ネットによると-----------
☆所在地
〒036-1205 青森県弘前市鬼沢菖蒲沢5
☆祭神
・高照姫神(たかてるひめのかみ)
・伊弉諾大神(いざなぎのかみ)
・大山祇神(おおやまつみのかみ)
☆由緒
坂上田村麻呂が蝦夷討伐にあたり、岩木山本官の高照比売命の霊験をうけ、岩木山北麓に厳鬼山西方寺観音院を創立した際に合わせて勧請した鬼神宮が後に現在地に移転。明治6年村社、同14年郷社。
☆地名の由来
・弘前市:弘前は、以前「高岡」とか「鷹岡(鷹ヶ岡) と呼ばれていた。これは、城地が高台にあることや、昔は鷹 が多く生息していたというところに由来。 高岡が弘前に改称された理由は、はっきりしてないが、弘(ひろ)は広いどこまでも無限に広がっていくと言う意味で、前(さき)は邪を切ると言う意味がある。「悪いところは切り落として無限に街が広がってゆく」と言う大変縁起のいい名前から由来。
・鬼沢(おにざわ):農業の神と崇められる鬼神を祀る鬼神社と関係していると思われる。
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