
第一鳥居2・靖国神社2(First shrine gate,Yasukuni shrine)
第一鳥居のすぐ前に、中国獅子がある。オスは、右足で玉乗り。メスは、子獅子が背中と左足の下に2匹居る。
大清光緒2(明治9=1876)年、保定府深州城の李永成という人物が三学寺に奉納した獅子像は、日本に持ち込まれ、今は靖国神社の参道両脇に置かれている。
☆中国獅子
『靖国神社百年史資料編』によればこうです。
日清戦争(1894-95年)の最中、海城の三学寺が日本軍の野戦病院にあてられていた。そこの総責任者であった石黒忠直軍医総監が、戦の終結後、軍司令官の山県有朋を訪ねたおり、この獅子像にいたく感動したという話をしたところ、そんなにいいものならぜひ日本に持っていき、「陛下の叡覧に供して大御心の程を慰め奉りたい」ということになったそうです。
なぜ靖国神社に中国獅子があるのか、これで分かりました。もとは清国海城三学寺にあったものなのです。対価を払ったのだから「戦利品」ではないとのことですが、決して、パンダのように日中友好の証として寄贈されたわけではありません。
もちろん、参拝客のほとんどはそんなことは知りません。「面白い"狛犬"だなあ」と思いながら見上げていることでしょう。しかし、これは「狛犬」ではないのです。また、戦争がなければ日本には連れてこられなかったものだということも、合わせて覚えておきましょう。


















第一鳥居のすぐ前に、中国獅子がある。オスは、右足で玉乗り。メスは、子獅子が背中と左足の下に2匹居る。
大清光緒2(明治9=1876)年、保定府深州城の李永成という人物が三学寺に奉納した獅子像は、日本に持ち込まれ、今は靖国神社の参道両脇に置かれている。
☆中国獅子
『靖国神社百年史資料編』によればこうです。
日清戦争(1894-95年)の最中、海城の三学寺が日本軍の野戦病院にあてられていた。そこの総責任者であった石黒忠直軍医総監が、戦の終結後、軍司令官の山県有朋を訪ねたおり、この獅子像にいたく感動したという話をしたところ、そんなにいいものならぜひ日本に持っていき、「陛下の叡覧に供して大御心の程を慰め奉りたい」ということになったそうです。
なぜ靖国神社に中国獅子があるのか、これで分かりました。もとは清国海城三学寺にあったものなのです。対価を払ったのだから「戦利品」ではないとのことですが、決して、パンダのように日中友好の証として寄贈されたわけではありません。
もちろん、参拝客のほとんどはそんなことは知りません。「面白い"狛犬"だなあ」と思いながら見上げていることでしょう。しかし、これは「狛犬」ではないのです。また、戦争がなければ日本には連れてこられなかったものだということも、合わせて覚えておきましょう。
























