
清水神社/北海道清水町(Shimizu Jinja,Shimizu Hokkaido Japan)
2015年5月16日(土)、清水町にある清水神社(しみずじんじゃ)に参拝。市街地の中の平地にある大きな神社。道路向かいには清水高校。境内には松や落葉樹の巨木。新緑がまぶしい。白い鳥居、砂利参道。右に大きな手水舎、左に重厚な社務所。石段を登り奥に巨木に囲まれて黒屋根の大きな社殿あり。右に神輿庫、左に神宮宮城遥拝標。
獅子狛犬は、2対居た。
1対目は、鳥居と社殿の中間に居た。阿吽は正常。岡崎現代型だ。阿像は玉を、吽像は子獅子を前足で守っている。奉納年は昭和9年6月(1934年)。
2対目は、社殿のに居た。阿吽は正常。岡崎現代型だ。阿像は玉を、吽像は子獅子を前足で守っている。奉納年は明治40年未年会奉納とあるが奉納年は不明。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒089-0122 上川郡清水町北3条西2丁目2番地
☆祭神
・大國魂神(おおくにたまのかみ)
・大己貴神(おおなむちのかみ)
・少彦名神(すくなひこなのかみ)
☆由緒
明治33年、字ペケレベツ旧国道沿いに標柱を立て、天照皇大神を遙拝したのが創祀であり、その後小祠を建てた。大正6年現在地の北3条西2丁目2番地に本殿・拝殿を造営、大正10年6月、札幌神社より御分霊を奉戴し、清水・ペケレベツ・下佐幌一帯を氏子区域として、同10年8月創立出願し、同12年2月17日内務省より創立許可を受けた。昭和2年村社に列せられ、同年10月13日神饌幣帛料供進神社に指定された。昭和29年3月18日宗教法人として設立認証される。社殿老朽化の為、昭和50年5月御造営奉賛会を結成、同51年9月18日、木造銅板葺神明造りの新社殿が竣工、遷座祭を執行し、現在に至る。
☆地名の由来
・清水町:「清水」はアイヌ語の〝ペケレベツ〝を和訳したもので〝明るく清らかな川〝という意味である。大正4年4月人舞村と称したが、昭和2年に清水町となったものである。
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2015年5月16日(土)、清水町にある清水神社(しみずじんじゃ)に参拝。市街地の中の平地にある大きな神社。道路向かいには清水高校。境内には松や落葉樹の巨木。新緑がまぶしい。白い鳥居、砂利参道。右に大きな手水舎、左に重厚な社務所。石段を登り奥に巨木に囲まれて黒屋根の大きな社殿あり。右に神輿庫、左に神宮宮城遥拝標。
獅子狛犬は、2対居た。
1対目は、鳥居と社殿の中間に居た。阿吽は正常。岡崎現代型だ。阿像は玉を、吽像は子獅子を前足で守っている。奉納年は昭和9年6月(1934年)。
2対目は、社殿のに居た。阿吽は正常。岡崎現代型だ。阿像は玉を、吽像は子獅子を前足で守っている。奉納年は明治40年未年会奉納とあるが奉納年は不明。
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☆所在地
〒089-0122 上川郡清水町北3条西2丁目2番地
☆祭神
・大國魂神(おおくにたまのかみ)
・大己貴神(おおなむちのかみ)
・少彦名神(すくなひこなのかみ)
☆由緒
明治33年、字ペケレベツ旧国道沿いに標柱を立て、天照皇大神を遙拝したのが創祀であり、その後小祠を建てた。大正6年現在地の北3条西2丁目2番地に本殿・拝殿を造営、大正10年6月、札幌神社より御分霊を奉戴し、清水・ペケレベツ・下佐幌一帯を氏子区域として、同10年8月創立出願し、同12年2月17日内務省より創立許可を受けた。昭和2年村社に列せられ、同年10月13日神饌幣帛料供進神社に指定された。昭和29年3月18日宗教法人として設立認証される。社殿老朽化の為、昭和50年5月御造営奉賛会を結成、同51年9月18日、木造銅板葺神明造りの新社殿が竣工、遷座祭を執行し、現在に至る。
☆地名の由来
・清水町:「清水」はアイヌ語の〝ペケレベツ〝を和訳したもので〝明るく清らかな川〝という意味である。大正4年4月人舞村と称したが、昭和2年に清水町となったものである。
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