
石狩八幡神社(IshikariHachiman Shrine)
2011年5月20日石狩市にある石狩八幡神社を訪れる。
町のはずれにあり、ここから先は家が無く道路は石狩灯台へと続いている。
しかし、境内は広く桜の花が咲いていた。
獅子狛犬は、1対いました。昭和4年4月15日の奉納です。(1929年)
-----------ネットによると------------------------------------
〒061-3372 北海道石狩市弁天町1
0133-62-3006
札幌から行くと石狩本町のどん詰まりに位置し、ここから番屋の湯までシンボルロードた続く。そのロード沿いに主要な施設が並んでいるので分かりやすい。以前は弁天社がここにあったが、開拓使が神仏習合のご神体を祭る私祀である弁天社を官地から立ち退かせた。しかし弁天社の鳥居、手水などがここに残っている。
石狩が幕府の直轄地となった後の1858年(安政5年)、函館総社八幡(はちまん)宮の神主、菊池重賢が同八幡(はちまん)宮の末社を造立し、蝦夷総鎮守として建立された由緒ある神社。
Tel:0133-62-3006
【所在地】
〒061-3372
石狩市弁天町1番地
電話 0133-62-3006
FAX 0133-62-3008
【例祭日】:9月15日
【祭神】 :誉田別命(ほんだわけのみこと)、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
【旧社格】:郷社
【社殿様式】: 神明造
【社殿面積】: 30坪
【境内面積】: 1,432坪(4,725㎡)
【氏子世帯数】: 20,000世帯
【崇敬者数】: 100人
【交通機関】: 中央バス石狩行終点石狩徒歩10分
【由緒】:
安政5年箱館総社八幡宮神主菊池大蔵重賢より蝦夷地の中に当社八幡宮の末社を勧請し、蝦夷地惣鎮守として宮祠造営されるよう箱館奉行に願い出たのを始めとする。安政5年石狩町川東町(現在の八幡町)に石狩八幡宮を建立する。明治3年御神体を神祇官において点検、点状を下渡される。明治7年有志と協議の上弁天町の現在地に奉遷し現在地の稲荷大神を相殿に祀る。明治8年石狩郡郷社となる。明治34年本殿等を新築。大正4年神饌幣帛料供進神社に指定される。戦後宗教法人となる。
【社宝等】:石燈籠(明治元年製)





























2011年5月20日石狩市にある石狩八幡神社を訪れる。
町のはずれにあり、ここから先は家が無く道路は石狩灯台へと続いている。
しかし、境内は広く桜の花が咲いていた。
獅子狛犬は、1対いました。昭和4年4月15日の奉納です。(1929年)
-----------ネットによると------------------------------------
〒061-3372 北海道石狩市弁天町1
0133-62-3006
札幌から行くと石狩本町のどん詰まりに位置し、ここから番屋の湯までシンボルロードた続く。そのロード沿いに主要な施設が並んでいるので分かりやすい。以前は弁天社がここにあったが、開拓使が神仏習合のご神体を祭る私祀である弁天社を官地から立ち退かせた。しかし弁天社の鳥居、手水などがここに残っている。
石狩が幕府の直轄地となった後の1858年(安政5年)、函館総社八幡(はちまん)宮の神主、菊池重賢が同八幡(はちまん)宮の末社を造立し、蝦夷総鎮守として建立された由緒ある神社。
Tel:0133-62-3006
【所在地】
〒061-3372
石狩市弁天町1番地
電話 0133-62-3006
FAX 0133-62-3008
【例祭日】:9月15日
【祭神】 :誉田別命(ほんだわけのみこと)、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
【旧社格】:郷社
【社殿様式】: 神明造
【社殿面積】: 30坪
【境内面積】: 1,432坪(4,725㎡)
【氏子世帯数】: 20,000世帯
【崇敬者数】: 100人
【交通機関】: 中央バス石狩行終点石狩徒歩10分
【由緒】:
安政5年箱館総社八幡宮神主菊池大蔵重賢より蝦夷地の中に当社八幡宮の末社を勧請し、蝦夷地惣鎮守として宮祠造営されるよう箱館奉行に願い出たのを始めとする。安政5年石狩町川東町(現在の八幡町)に石狩八幡宮を建立する。明治3年御神体を神祇官において点検、点状を下渡される。明治7年有志と協議の上弁天町の現在地に奉遷し現在地の稲荷大神を相殿に祀る。明治8年石狩郡郷社となる。明治34年本殿等を新築。大正4年神饌幣帛料供進神社に指定される。戦後宗教法人となる。
【社宝等】:石燈籠(明治元年製)



































