神社と狛犬見て歩き

主に北海道の神社巡り。最近全国の一宮巡りを始めた。

常磐神社/茨城県水戸市(Tokiwa Jinja,Mito-shi,Ibaraki,Japan)

2017年06月21日 | 神社と狛犬
常磐神社/茨城県水戸市(Tokiwa Jinja,Mito-shi,Ibaraki,Japan)
2017年6月11日(日)水戸市常磐町にある常磐神社(ときわじんじゃ)に参拝。 偕楽園の傍にある水戸黄門様を祀る大きな神社。偕楽園駅の傍にある参道。広い石段、焦げ茶色の大鳥居。鳥居をくぐり石段は続く。境内はウメ、スギ、ケヤキ、サクラ、モミジ、広葉樹などの森。石畳参道をゆく。左に手水舎、摂社:東湖神社。参道に戻り正面に白い第2鳥居。鳥居をくぐる。右に薄い青緑色屋根の能楽殿、左に祈祷受付・御札授与所兼社務所。正面奥に焦げ茶色屋根のシンプルな社殿。社殿右に末社:常磐稲荷神社 、社殿左に末社:三木神社。社殿裏に、右に仰景碑(けいこうのひ)、左に万世に伝う碑の由来板。最後に義列館を見る。大日本史、大陣太鼓、大砲などがあったが撮影禁止。
獅子狛犬は、3対居た。
1対目は、大鳥居をくぐり石段を登りきった所に居た。
阿吽像の配置は正常。胸板厚く筋肉質の体型。耳は水平、少ないタテガミはさらりと流れ、長い尾は曲線を描いて直立。奉納年は、昭和12年7月16日(1927年)。
2対目は、第2鳥居の前に居た。
阿吽像の配置は正常。逞しくガッチリした体型。耳は水平、豊かなタテガミはウズを巻き流れ、くっきりした尾はウズを巻いて直立。奉納年は、昭和62年1月(1987年)。
3対目は、社殿裏の仰景碑(けいこうのひ)の左右に居た。
阿吽像の配置は正常。参道に平行設置。備前焼陶製で焦げ茶色のどっしりとした縦長体型。耳は水平、タテガミはくっきりウズを巻いて流れ、大きな尾はウズを巻いて遡り直立。奉納年は、不明。大洗磯前神社の獅子狛犬と同じ人物が奉納したという。
ポケモンGO:ジム×0、ポケストップ×6。
------------ネットによると-----------
☆所在地
 〒310-0033 茨城県水戸市常磐町1-3-1
 tel:029-221-0748
☆祭神
 ・高譲味道根之命(たかゆずるうましみちね のみこと):徳川光圀(水戸藩2代藩主、義公)
 ・押健男国之御楯命(おしたけおくにのみたてのみこと):徳川斉昭(水戸藩9代藩主、烈公)
☆由緒
 明治の初年、義公(第2代藩主徳川光圀公)・烈公(第9代藩主徳川斉昭公)の徳をしたう多くの人達によって偕楽園内に祠堂(しどう)が創立されました。明治6年(1873)には、明治天皇の勅旨をもって『常磐神社(ときわじんじゃ)』の御社号を賜りました。同年、県社に列格しました。明治7年(1874)現在地に社殿を造営し、5月12日遷座祭が行われ、この日を例祭と定めました。同年、義公には「高譲味道根命(たかゆずるうましみちねのみこと)」烈公には「押健男国之御楯命(おしたけおくにのみたてのみこと)」の御神号が宣下されました。
明治15年(1882)別格官幣社に列格しました。昭和20年(1945)戦災によって社殿以下ほとんどすべての建造物が焼失しました。昭和33年(1958)全国の崇敬者からの浄財によって現在の社殿が完成しました。
☆地名の由来
 ・水戸市:「水戸」という地名は、那珂川の舟運の河港として盛え、水運の戸口とされていた事に由来する。いつから呼ばれていたかは定かではないが、西暦1400年ごろ(室町時代)には既にその名があったと言われている。
------------------------------------


   



















































































































































































この記事についてブログを書く
« 笠間稲荷神社/茨城県笠間市... | トップ | 摂社:東湖神社/茨城県水戸... »