
千歳神社1:千歳市(Chitose shrine,Chitose)
2010年5月23日(土)千歳神社を訪れる。
ナビに従って車を運転したら、間違っていてなかなか到着しませんでした。
本殿には、キツネ(昭和31年(1956年)9月1日再建)しか居ませんでした。残念に思っていたら、本殿の更に奧にある「山神社」に玉乗りの狛犬が1対居ました。紀元2600年奉納と有りました。西暦1940年でした。
ここでは、石神様巡りというイベントがあり12カ所の石神様のスタンプを集めると絵はがきがもらえることになっています。面倒くさいから止めようと思っていたのに、7番のスタンプを一つ押してみたらスイッチが入ってしまい、全部集めました。
10番と11番のスタンプの案内図が逆になっていて、しばらく捜しましたがそれ以外はスムースに集めることができて、絵はがきと交換してもらいました。
久しぶりにオリエンテーリングをやったような気になり面白かった。
url
千歳神社:http://www.city.chitose.hokkaido.jp/shishi_hp/paper/sikotsu07-2.htm
☆住所:〒066-0046千歳市真町1番地,
tel 0123-23-2542 、FAX 0123-24-7743
☆祭神:豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)、伊智伎志摩比売命(いちきしまひめのみこと)
☆由来:
松前藩資料福山秘府によると、「弁財天小社東夷地、志古津、万治元戌造営、同三年神体ヲ安置」とあり、万治元年(1658)に弁天堂が建立され、享和3年(1803)に樺太南部探検に功績のあった勇払詰所役人高橋治太夫が、思古津場所の守護神として、京都伏見から正一位思古津稲荷大明神を奉斎し、文化2年(1805)に思古津場所の鮭漁が栄んになるに従って、さらに弁財天が勧請された。この文化2年に奉られた弁財天の御厨子の裏に、箱館奉行羽太正養により「死骨」(しこつ)から「千歳」と改称された由来が書かれ、この地を千歳と改め、明治8年主祭神を豊受姫大神とし、同年郷社に列し、大正6年稲荷社を千歳神社と改称し、平成15年には200年祭を迎える。







































2010年5月23日(土)千歳神社を訪れる。
ナビに従って車を運転したら、間違っていてなかなか到着しませんでした。
本殿には、キツネ(昭和31年(1956年)9月1日再建)しか居ませんでした。残念に思っていたら、本殿の更に奧にある「山神社」に玉乗りの狛犬が1対居ました。紀元2600年奉納と有りました。西暦1940年でした。
ここでは、石神様巡りというイベントがあり12カ所の石神様のスタンプを集めると絵はがきがもらえることになっています。面倒くさいから止めようと思っていたのに、7番のスタンプを一つ押してみたらスイッチが入ってしまい、全部集めました。
10番と11番のスタンプの案内図が逆になっていて、しばらく捜しましたがそれ以外はスムースに集めることができて、絵はがきと交換してもらいました。
久しぶりにオリエンテーリングをやったような気になり面白かった。
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千歳神社:http://www.city.chitose.hokkaido.jp/shishi_hp/paper/sikotsu07-2.htm
☆住所:〒066-0046千歳市真町1番地,
tel 0123-23-2542 、FAX 0123-24-7743
☆祭神:豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)、伊智伎志摩比売命(いちきしまひめのみこと)
☆由来:
松前藩資料福山秘府によると、「弁財天小社東夷地、志古津、万治元戌造営、同三年神体ヲ安置」とあり、万治元年(1658)に弁天堂が建立され、享和3年(1803)に樺太南部探検に功績のあった勇払詰所役人高橋治太夫が、思古津場所の守護神として、京都伏見から正一位思古津稲荷大明神を奉斎し、文化2年(1805)に思古津場所の鮭漁が栄んになるに従って、さらに弁財天が勧請された。この文化2年に奉られた弁財天の御厨子の裏に、箱館奉行羽太正養により「死骨」(しこつ)から「千歳」と改称された由来が書かれ、この地を千歳と改め、明治8年主祭神を豊受姫大神とし、同年郷社に列し、大正6年稲荷社を千歳神社と改称し、平成15年には200年祭を迎える。













































