神社と狛犬見て歩き

主に北海道の神社巡り。最近全国の一宮巡りを始めた。

北見神社1/北海道北見市(Kitami Jinja_1,Kitami Hokkaido Japan)

2015年08月08日 | 神社と狛犬
北見神社1/北海道北見市(Kitami Jinja_1,Kitami Hokkaido Japan)
2015年7月26日(日)、北見市にある北見神社(きたみじんじゃ)に参拝。国道39号沿いの市街地にある大きな神社。大きな焦げ茶色の鳥居、長い石段。左に由緒板、定め書き板。石段はオンコ(イチイ)の並木。石段を登り、右に参拝記念碑、小野田寛郎さんの「不撓不屈」の記念碑、昭憲券皇太后御歌碑、北見神社創祀百年記念碑、左に北見神社造営奉資者名碑、石段から石段へと続く。小さな道路を横切り再び石段。登ると右に立派な社務所。左に国歌碑とさざれ石。社殿のある境内は道路などを工事中だった。右奥に焦げ茶色屋根の立派な社殿。歩いていた宮司さんは女性だった。境内には沢山の石碑などが設置してある。左奥には立派な西門がある。社号標、由緒板、定め書き板あり。道路向かいは日蓮宗学寶寺あり。
獅子狛犬は5対居た。
1対目は鳥居の後ろに居た。阿吽正常。大きな岡崎現代型。奉納年は平成12年6月25日(2000年)。
2対目は社務所横側(石段の右)に居た。阿吽正常。黒く煤けた色をした頭でっかちだがひょろりとした体型。タレ耳、タテガミはウズを巻いて下に流れ、前足は細く突っ張り、小さな尾はウズを巻いて背中に張り付く。奉納年は不明。
3対目は社殿の横に居た。阿吽正常。岡崎現代型。奉納年は平成11年11月(1999年)。
4対目は社殿前に居た。阿吽正常。岡崎現代型。阿像は玉を、吽像は子供を前足で守っている。奉納年は平成8年6月(1996年)。
5対目は西門に居た。阿吽正常。岡崎現代型。奉納年は平成18年6月3日(2006年)。
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☆所在地
 〒090-0022 北見市北2条東6丁目11番地
☆祭神
 ・天照大神(あまてらすおおかみ)
 ・豊宇気毘賣神(とようけひめのかみ)
 ・住吉大神(すみよしのおおかみ)
☆由緒
 明治30年、天照大神を奉斎し護国神社と称した。その後、住吉大神を合祀し、(現)野付牛公園に社殿を建立した。明治38年、現高台寺境内へ遷社、幣殿、拝殿を新築した。大正2年、村勢発展と共に神殿の狭溢を感じ、新築の議起こり現在地北見市北2条東6丁目に遷社が決定し9月15日遷座祭を斎行した。ここに例祭日の起源がある。同9年、無格社に列せられ、野付牛神社となった。同10年、村社に列せられた。昭和17年、社格郷社に列せられ、神饌幣帛供進神社に指定され、市制施行と共に北見神社と改称された。同20年、宗教法人令により神社本庁に所属した。同25年、伊勢神宮外宮より豊受姫大神が合祀された。同41年、御創祀70周年記念事業として大鳥居が完成した。同54年、神輿殿・社務所・祖霊殿が完成した。同55年、社殿が完成し、遷座祭を斎行した。平成8年、御創祀百年記念奉祝祭が斎行され、表参道階段、境内改修がされた。同9年、御創祀百年記念碑、御造営記念芳名碑、御創祀百年記念芳名碑が完成した。平成12年豊受姫大神50年祭が斎行、狛犬2対・大灯籠・君が代の歌碑、又参拝記念として神宮少宮司秋岡保司様揮毫の「明浄正直」、藤岡重孝少宮司様揮毫「敬神」、小野田寛郎様揮毫「不撓不屈」の記念碑が完成した。
☆地名の由来
 ・北見市:明治政府から国名を諮問された松浦武四郎が「この地を従来から北海岸と唱えてきたので北の文字を用い、カラフト島が快晴の日には見えるので、北見としてはどうか」と進言したことによる。
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