
遠見岬神社/千葉県勝浦市(Tomisaki Jinja,Katsuura-shi,Chiba,Japan)
2017年6月12日(月)、勝浦市浜勝浦にある遠見岬(とみさき)神社に参拝。勝浦湾を望む高台にある中くらいの神社。白い第1鳥居、石畳参道。鳥居をくぐり右に社務所、お水取りの入り口あり。冨咲(とみさき)の石段を登る。両側に沢山の赤い燈篭が並ぶ。登りきると白い第2鳥居。正面に赤い鳥居の岩をくりぬいて鎮座する小さな稲荷理神社、左に筆塚。参道は右に曲がり、石段が続く。右に勝浦市街と漁港を見下ろす。参道が急カーブで左に曲がる。ひび割れたコンクリート参道をゆく。赤いツツジ咲く。白い第3鳥居、コンクリート参道。右に堅牢な土蔵、苔むした手水舎。境内はスギ、サクラ、ツバキ、広葉樹などの巨木の森。参拝者は無し。奥に焦げ茶色屋根の社殿。
獅子狛犬は、社殿前に居た。
阿吽像の配置は正常。筋骨隆々、眼が大きく窪んだがっしりとした体型。耳は水平、タテガミはくっきりとウズヲ巻き流れ、尾は波のように両脇流れる。奉納年は、昭和3年9月(1928年)。
------------ネットによると-----------
☆住所
〒299-5233 千葉県勝浦市浜勝浦一番地
tel:0470-73-0034
☆祭神
・天冨命(あめのとみのみこと)
☆由緒
当社は、房総半島に技術と文化をもたらした天冨命をお祀りする古社です。その御由緒ははるか昔、初代天皇・神武天皇の御代のお話しまで遡ります。四国から房総へと渡られた天冨命は関東全域の発展に寄与されました。そして技術の伝承ののちに当地に住まわれたと伝えられます。江戸時代になると勝浦は、「勝浦三町江戸勝り」と例えられたほど繁栄するに至ります。
時が下った現在では、レジャーや観光、街全体が雛人形に彩られる『かつうらビッグひな祭り』など、全国から人々が集う地となりました。勝浦の地を古くより見守り続ける天冨命は今も人々をお守りくださっております。
☆地名の由来
・勝浦市:天富命とともに阿波国から房総半島に移住した勝占(かつら)の忌部氏の名が由来となったとする説がある。また、紀伊半島の勝浦も同じく忌部氏に由来する。
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2017年6月12日(月)、勝浦市浜勝浦にある遠見岬(とみさき)神社に参拝。勝浦湾を望む高台にある中くらいの神社。白い第1鳥居、石畳参道。鳥居をくぐり右に社務所、お水取りの入り口あり。冨咲(とみさき)の石段を登る。両側に沢山の赤い燈篭が並ぶ。登りきると白い第2鳥居。正面に赤い鳥居の岩をくりぬいて鎮座する小さな稲荷理神社、左に筆塚。参道は右に曲がり、石段が続く。右に勝浦市街と漁港を見下ろす。参道が急カーブで左に曲がる。ひび割れたコンクリート参道をゆく。赤いツツジ咲く。白い第3鳥居、コンクリート参道。右に堅牢な土蔵、苔むした手水舎。境内はスギ、サクラ、ツバキ、広葉樹などの巨木の森。参拝者は無し。奥に焦げ茶色屋根の社殿。
獅子狛犬は、社殿前に居た。
阿吽像の配置は正常。筋骨隆々、眼が大きく窪んだがっしりとした体型。耳は水平、タテガミはくっきりとウズヲ巻き流れ、尾は波のように両脇流れる。奉納年は、昭和3年9月(1928年)。
------------ネットによると-----------
☆住所
〒299-5233 千葉県勝浦市浜勝浦一番地
tel:0470-73-0034
☆祭神
・天冨命(あめのとみのみこと)
☆由緒
当社は、房総半島に技術と文化をもたらした天冨命をお祀りする古社です。その御由緒ははるか昔、初代天皇・神武天皇の御代のお話しまで遡ります。四国から房総へと渡られた天冨命は関東全域の発展に寄与されました。そして技術の伝承ののちに当地に住まわれたと伝えられます。江戸時代になると勝浦は、「勝浦三町江戸勝り」と例えられたほど繁栄するに至ります。
時が下った現在では、レジャーや観光、街全体が雛人形に彩られる『かつうらビッグひな祭り』など、全国から人々が集う地となりました。勝浦の地を古くより見守り続ける天冨命は今も人々をお守りくださっております。
☆地名の由来
・勝浦市:天富命とともに阿波国から房総半島に移住した勝占(かつら)の忌部氏の名が由来となったとする説がある。また、紀伊半島の勝浦も同じく忌部氏に由来する。
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