北海道の神社と狛犬

北海道の神社巡りが趣味です。

天津神明宮/千葉県鴨川市(Amatsu Shinmeigu,Kamogawa-shi,Chiba,Japan)

2017年06月28日 | 神社と狛犬
天津神明宮/千葉県鴨川市(Amatsu Shinmeigu,Kamogawa-shi,Chiba,Japan)
2017年6月13日(火)、鴨川市天津にある天津神明宮(あまつしんめいぐう)に参拝。「房州伊勢の宮」と尊敬されている山麓にある大きな神社。宮川にかかる黄色い神明橋を渡る。木の第1鳥居、砂利参道。アスファルト胴に出る。JRの鉄橋をくぐる。斜め右に参道は曲がり、コンクリート参道となる。左に大きな社号標。ウグイス鳴く。アジサイ咲く。木の第2鳥居、砂利参道。右に御札授与所、左に由緒板、大きくてきれいなトイレ。ついたち市の旗あり。石段を登り白い第3鳥居。くぐると石畳参道。右に社務所、左に青緑屋根の手水舎、恵比須様・大黒様の像がある小社。境内はビャクシン、クスノキ、イチョウ、スギ、マツなどの巨木の森。参拝者少なし。正面の石段の上に青緑屋根の重厚な社殿。社殿右に2基の石碑、祭具庫。その奥に木の鳥居、石段が続く。市指定天然記念物「神明神社の林」の入り口だ。御神水と小社。社殿左に、戦没者慰霊碑、「まるばちしゃの木」(別名なんじゃもんじゃの木)の看板。
獅子狛犬は社殿前に居た。
阿吽像の配置は正常。彫り浅く直角三角形のような体型。耳は水平、タテガミがさらりと流れ、尾の毛は2つに分かれて足元に流れる。奉納年は安政二丙辰夏六月吉日(安政2年6月:1855年)。
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------------ネットによると-----------
☆所在地
 〒299-5503千葉県鴨川市天津2950
terl:04-7094-0323
☆祭神
 ・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、
 ・豊受大神(とようけのおおかみ)
 ・八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)
 ・大山大神(おおやまつみのおおかみ)等七神
☆由緒
 神代の昔、天孫降臨に当って国譲りした事代主神が海路当地に移り東方鎮護の神として鎮座し、これを『明神』と崇敬したことが当社の始まりと伝えられている。
その後、治承4年(1180年)石橋山の戦いに敗れ安房に逃れた源頼朝が源氏の再興を伊勢神宮に祈願し、御厨一処の寄進を祈誓したという。また、寿永元年(1182年)に、頼朝の妻政子の安産祈願の祈祷のため、奉幣使として三浦義村が当社へ遣わされた。頼朝は一ノ谷の戦いの後、寿永3年(1184年)安房国に東条御厨(白浜御厨、阿摩津御厨)を設け、伊勢より神霊を勧請し以前より鎮座の『明神』とともに祀ったのが当社である。文治元年(1185年)には生倫神主が参籠したところ、霊夢の奇端があったので頼朝から飛龍と号する馬が奉納され、以降も関東武家の崇敬を受け「房州伊勢の宮」と仰がれ今日に至ってる。
当社の境内にある「まるばちしゃの木」は、中国大陸南部や海南島、台湾などに生育している亜熱帯性の落葉喬木であり、その北限として価値が高く千葉県の天然記念物に指定されている。境内東側の山にはすぐれた極相林があり「神明神社の林」として鴨川市の天然記念物に指定され、山頂には伊邪那岐大神・伊邪那美大神を祀る諾冉神社が鎮座する。
☆地名の由来
 ・鴨川市:「千葉県町村合併史」には、「明治22年の合併に当り新町の名称は、鴨川町と決定したが、それは新町内を加茂川が貫流し、且つまた「倭名類聚抄」に長狭郡に加茂郷の郷名がみえ、それが当地区で在ったと推定されるので、そうした史的所伝に基づくものである。」と記載されています。
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