
音更神社/北海道音更町(Otofuke Jinja,Otofuke Hokkaido Japan)
2015年5月17日(日)、音更町にある音更神社(おとふけじんじゃ)に参拝。市街地にある大きな神社。近くには町役場、道路向かいには音更交番。境内は巨大な森の如し。しめ縄の巻いてある大きな落葉樹、大きな自然石の社号標。右に旧社務所、左に交通安全祈願碑。白い第1鳥居、アスファルト参道。右に演舞場、左に雪除けの屋根の下に古殿舎あり。更に行くと右に対の台座の上に 姫宮神社(ひめみやじんじゃ):姫宮稲荷神(ひめみやいなりのかみ)と辯財天宮(べんざいてんぐう):辯財天神(べんざいてんのかみ)がある。長い石段、手前に右に忠魂碑あり。さらに御影石の立派な手水舎、野鳥観察者が言うオオルリの来る小さな池あり。石段を登ると百度石あり。白い第2鳥居、アスファルト参道。奥に焦げ茶色の立派な社殿。右に連接して綺麗な社務所あり。左に参集殿あり。ギボウシが葉を伸ばしている。
獅子狛犬は4対居た。
1対目は、第1鳥居の後ろに居た。
阿吽正常。彫りの浅い素朴な丸い体型。耳は水平、タテガミ渦を巻き、大きな尾はスジがあり渦を巻く。奉納年は大正14年4月(1925年)。
2対目は、姫宮神社と辯財天宮の前に居た。
阿吽正常。小さくて丸い体型。タレ耳、タテガミは流れ、丸い尾は直立。奉納年は不明。
3対目は、石段の前に居た。
阿吽正常。岡崎現代型。阿像は玉を、吽像は子獅子を守っている。奉納年は紀元2600年記念で 昭和15年(1940年)。
4対目は、社殿前に居た。
阿吽正常。岡崎現代型。阿像は玉を、吽像は子獅子を守っている。奉納年は昭和12年11月(1937年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒080-0103 河東郡音更町元町3番地9
☆祭神
・天照大御神(あまてらすおおみかみ)
☆由緒
明治33年9月、仁礼子爵の経営に関る音幌農場内に神祠を設け、天照皇大神を祀り音幌神社と称したのを創祀とする。翌、34年9月に音更村開基と共に音更神社と改称し、現在の音更町元町に遷座する。大正11年には昭和天皇行啓記念として、高台と下台を結ぶコンクリート製階段等を設ける。昭和8年には村社として列格される。又幣帛供進社として指定村社の列格をも受ける。昭和21年宗教法人となる。爾来数社の社を合祀し、町の総鎮守として氏子・崇敬者の参拝を受ける。昭和62年には参集殿、平成の御大典記念には御神池の改築等、弥々境内整備も進み御神威高揚と共に参拝者も増えている。本殿においては90有余年経過し、平成11年、御創祀百年記念事業として社殿の造営がなされ、平成14年に社務所の改築が成され、平成21年8月には御創祀百十年記念事業として、正参道(200m)の全面改修、石燈籠20基新設、社号標(高さ5m、重さ9t)等が奉納された。又、境内地には、樹齢500年を超える御神木等が素晴らしい音更の杜を形成している。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
開進神社 天照大御神 昭和38年合祀・北昭和神社 天照大御神 昭和40年合祀・音幌馬暦神社 天照大御神 昭和48年合祀・福平神社 天照大御神 昭和54年合祀
☆地名の由来
・音更町:アイヌ語の「オトプケ」(毛髪が生ずる)より。「川の流れが乱れた髪の毛のようだったから」という説と、「河川に密生する柳の様子が髪の毛のようだったから」という説が存在する。
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2015年5月17日(日)、音更町にある音更神社(おとふけじんじゃ)に参拝。市街地にある大きな神社。近くには町役場、道路向かいには音更交番。境内は巨大な森の如し。しめ縄の巻いてある大きな落葉樹、大きな自然石の社号標。右に旧社務所、左に交通安全祈願碑。白い第1鳥居、アスファルト参道。右に演舞場、左に雪除けの屋根の下に古殿舎あり。更に行くと右に対の台座の上に 姫宮神社(ひめみやじんじゃ):姫宮稲荷神(ひめみやいなりのかみ)と辯財天宮(べんざいてんぐう):辯財天神(べんざいてんのかみ)がある。長い石段、手前に右に忠魂碑あり。さらに御影石の立派な手水舎、野鳥観察者が言うオオルリの来る小さな池あり。石段を登ると百度石あり。白い第2鳥居、アスファルト参道。奥に焦げ茶色の立派な社殿。右に連接して綺麗な社務所あり。左に参集殿あり。ギボウシが葉を伸ばしている。
獅子狛犬は4対居た。
1対目は、第1鳥居の後ろに居た。
阿吽正常。彫りの浅い素朴な丸い体型。耳は水平、タテガミ渦を巻き、大きな尾はスジがあり渦を巻く。奉納年は大正14年4月(1925年)。
2対目は、姫宮神社と辯財天宮の前に居た。
阿吽正常。小さくて丸い体型。タレ耳、タテガミは流れ、丸い尾は直立。奉納年は不明。
3対目は、石段の前に居た。
阿吽正常。岡崎現代型。阿像は玉を、吽像は子獅子を守っている。奉納年は紀元2600年記念で 昭和15年(1940年)。
4対目は、社殿前に居た。
阿吽正常。岡崎現代型。阿像は玉を、吽像は子獅子を守っている。奉納年は昭和12年11月(1937年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒080-0103 河東郡音更町元町3番地9
☆祭神
・天照大御神(あまてらすおおみかみ)
☆由緒
明治33年9月、仁礼子爵の経営に関る音幌農場内に神祠を設け、天照皇大神を祀り音幌神社と称したのを創祀とする。翌、34年9月に音更村開基と共に音更神社と改称し、現在の音更町元町に遷座する。大正11年には昭和天皇行啓記念として、高台と下台を結ぶコンクリート製階段等を設ける。昭和8年には村社として列格される。又幣帛供進社として指定村社の列格をも受ける。昭和21年宗教法人となる。爾来数社の社を合祀し、町の総鎮守として氏子・崇敬者の参拝を受ける。昭和62年には参集殿、平成の御大典記念には御神池の改築等、弥々境内整備も進み御神威高揚と共に参拝者も増えている。本殿においては90有余年経過し、平成11年、御創祀百年記念事業として社殿の造営がなされ、平成14年に社務所の改築が成され、平成21年8月には御創祀百十年記念事業として、正参道(200m)の全面改修、石燈籠20基新設、社号標(高さ5m、重さ9t)等が奉納された。又、境内地には、樹齢500年を超える御神木等が素晴らしい音更の杜を形成している。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
開進神社 天照大御神 昭和38年合祀・北昭和神社 天照大御神 昭和40年合祀・音幌馬暦神社 天照大御神 昭和48年合祀・福平神社 天照大御神 昭和54年合祀
☆地名の由来
・音更町:アイヌ語の「オトプケ」(毛髪が生ずる)より。「川の流れが乱れた髪の毛のようだったから」という説と、「河川に密生する柳の様子が髪の毛のようだったから」という説が存在する。
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