
太平山三吉神社/秋田県秋田市(Taiheizan Miyoshi Jinja,Akita-shi,Akita,Japan)
2017年4月16日(日)、秋田市寺内にある(里宮)太平山三吉神社(たいへいざんみよしじんじゃ)に参拝。市街地にある大きな神社。石板参道、風雪で黒ずんだ石の鳥居。右に「菅江真澄の道」標、左に由緒板、献酒の樽。鳥居をくぐり、左に大きな手水舎、奥に石碑。境内はタケ、マツ、スギなどの巨木。参道をゆく。左に社務所、住宅、祭具庫。右に曲がり石段を登る。奥に緑黒屋根の重厚な社殿。社殿を覗いていると神官が中に案内してくれる。由緒ある品々が飾られている。外に出る。社殿右に末社:雷神社、太平山三吉大神碑。左に宮比大神と田村麿大神を祀る末社:宮比神社あり。
獅子狛犬は2対居た。
1対目は参道入り口に居た。
阿吽像は正常配置。筋骨隆々琢磨しい体型。上半身をひねっている。タレ耳、タテガミは豊かでウズを巻いて下へ流れ、平たい尾はウズを巻いて直立。奉納年は、昭和2年旧11月17日(1927年)。
2対目は鳥居の前に居た。
阿吽像は正常配置。大きくて逞しい体型。上半身をひねっている。タレ耳、タテガミはウズを巻き流れ、大きな尾は直立。奉納年は、昭和13年5月8日(1938年)。
ポケモンGO:ジム×1、ポケストップ×2。
------------ネットによると-----------
☆所在地
(里宮)〒010-0041 秋田市広面字赤沼3-2 Tel:018-834-3443
(奥宮)〒010-1106 秋田市太平山谷字谷山21
☆祭神
・大己貴大神(おおなむちのおおかみ)
・少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
・三吉霊神(みよしのおおかみ)
☆由緒
霊峰太平山(標高1,171m)山頂に奥宮、秋田市広面に里宮が祀られる太平山三吉神社は、天武天皇の白鳳2年(西暦646年)5月、役の行者小角の創建と伝えられ、桓武天皇延暦20年(801年)征夷大将軍坂上田村麻呂東夷征討の際、戦勝を祈願して堂宇を建立、奉納された御鏑は神宝として今に伝えられています。
また戊辰の役では奥羽鎮撫総督九條道孝卿里宮に祈願されるなど、古くより勝利成功・事業繁栄の霊験高い守護神として崇敬を受けております。
秋田藩佐竹累代の藩主も崇敬篤く、第8代曙山義敦公は風光明媚な赤沼の地を賞し、雪見御殿を築かれました。
北海道から福島までの各地、またブラジルに祀られる三吉神社・太平山講・三吉講の総本宮として【みよしさん】【さんきちさん】の愛称で呼ばれ全国より崇敬者が訪れています。
平成19年10月には昭和天皇の第四皇女であらせられる伊勢の神宮祭主池田厚子様の御参拝を仰ぎました。
明治12年県社。別表神社。
奥宮が鎮座する太平山は秋田県のほぼ中央に位置し、古くから薬師の峰・修験の山として崇められ、県内外より多くの登拝者を迎えています。
毎年1月17日に行なわれる梵天祭は先陣を競う荒々しい神事で、俗に≪けんか梵天≫と呼ばれ、勇壮さ溢れる秋田の冬の風物詩として知られています。
☆地名の由来
・秋田:日本で初めて書かれた歴史の本「日本書紀」に、秋田の地名が「齶田(あぎた)」と出てきます。7世紀の中ごろ阿部比羅夫が水軍を率いてやってきたころのことです。その後、まもなくアギタは「飽田」に書きかえられます。「飽田」は、低湿地を意味する悪土などからきた悪田から生まれた地名とも言われています。やがて天平時代には、「秋田」と書かれるようになりました。
------------------------------------







































2017年4月16日(日)、秋田市寺内にある(里宮)太平山三吉神社(たいへいざんみよしじんじゃ)に参拝。市街地にある大きな神社。石板参道、風雪で黒ずんだ石の鳥居。右に「菅江真澄の道」標、左に由緒板、献酒の樽。鳥居をくぐり、左に大きな手水舎、奥に石碑。境内はタケ、マツ、スギなどの巨木。参道をゆく。左に社務所、住宅、祭具庫。右に曲がり石段を登る。奥に緑黒屋根の重厚な社殿。社殿を覗いていると神官が中に案内してくれる。由緒ある品々が飾られている。外に出る。社殿右に末社:雷神社、太平山三吉大神碑。左に宮比大神と田村麿大神を祀る末社:宮比神社あり。
獅子狛犬は2対居た。
1対目は参道入り口に居た。
阿吽像は正常配置。筋骨隆々琢磨しい体型。上半身をひねっている。タレ耳、タテガミは豊かでウズを巻いて下へ流れ、平たい尾はウズを巻いて直立。奉納年は、昭和2年旧11月17日(1927年)。
2対目は鳥居の前に居た。
阿吽像は正常配置。大きくて逞しい体型。上半身をひねっている。タレ耳、タテガミはウズを巻き流れ、大きな尾は直立。奉納年は、昭和13年5月8日(1938年)。
ポケモンGO:ジム×1、ポケストップ×2。
------------ネットによると-----------
☆所在地
(里宮)〒010-0041 秋田市広面字赤沼3-2 Tel:018-834-3443
(奥宮)〒010-1106 秋田市太平山谷字谷山21
☆祭神
・大己貴大神(おおなむちのおおかみ)
・少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
・三吉霊神(みよしのおおかみ)
☆由緒
霊峰太平山(標高1,171m)山頂に奥宮、秋田市広面に里宮が祀られる太平山三吉神社は、天武天皇の白鳳2年(西暦646年)5月、役の行者小角の創建と伝えられ、桓武天皇延暦20年(801年)征夷大将軍坂上田村麻呂東夷征討の際、戦勝を祈願して堂宇を建立、奉納された御鏑は神宝として今に伝えられています。
また戊辰の役では奥羽鎮撫総督九條道孝卿里宮に祈願されるなど、古くより勝利成功・事業繁栄の霊験高い守護神として崇敬を受けております。
秋田藩佐竹累代の藩主も崇敬篤く、第8代曙山義敦公は風光明媚な赤沼の地を賞し、雪見御殿を築かれました。
北海道から福島までの各地、またブラジルに祀られる三吉神社・太平山講・三吉講の総本宮として【みよしさん】【さんきちさん】の愛称で呼ばれ全国より崇敬者が訪れています。
平成19年10月には昭和天皇の第四皇女であらせられる伊勢の神宮祭主池田厚子様の御参拝を仰ぎました。
明治12年県社。別表神社。
奥宮が鎮座する太平山は秋田県のほぼ中央に位置し、古くから薬師の峰・修験の山として崇められ、県内外より多くの登拝者を迎えています。
毎年1月17日に行なわれる梵天祭は先陣を競う荒々しい神事で、俗に≪けんか梵天≫と呼ばれ、勇壮さ溢れる秋田の冬の風物詩として知られています。
☆地名の由来
・秋田:日本で初めて書かれた歴史の本「日本書紀」に、秋田の地名が「齶田(あぎた)」と出てきます。7世紀の中ごろ阿部比羅夫が水軍を率いてやってきたころのことです。その後、まもなくアギタは「飽田」に書きかえられます。「飽田」は、低湿地を意味する悪土などからきた悪田から生まれた地名とも言われています。やがて天平時代には、「秋田」と書かれるようになりました。
------------------------------------













































