神社と狛犬見て歩き

主に北海道の神社巡り。最近全国の一宮巡りを始めた。

神威神社/北海道積丹町(Kamui Jinja,Shakotan Hokkaido Japan)

2014年05月28日 | 神社と狛犬
神威神社/北海道積丹町(Kamui Jinja,Shakotan Hokkaido Japan)
2014年5月23日(金)、積丹(しゃこたん)町来岸(らいきし)町にある神威(かむい)神社に参拝。国道229号線沿いにある丘の上の大きな神社。右隣はお食事処「汐彩」、左側道路の向こうは海だ。こげ茶色の鳥居が2基。コンクリートの参道が続く。八重桜が咲いている。第2鳥居ををくぐると左側に手水舎、右側には無人の社務所。美国神社の宮司さんが父が神威神社の宮司をしていたと言っていたのを思い出した。急な階段を登ると草だらけの広場に赤い屋根の社殿。社殿右側には資材庫がある。
獅子狛犬は、社殿前に1対居た。
左右ともに口を開いている。阿阿像だ。均整の取れた縦長の体型。耳は水平、尾は垂直。タテガミはやや長い。右の像は、顔の左側が風化して崩れている。左の像は、オンコ(いちい)の木の中に隠れている。写真を撮るのに苦労する。奉納年は大正11年7月17日(1922年)。

-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒046-0323 積丹郡積丹町大字来岸町10番地
☆祭神
・大綿津見神(おおわたつみのかみ)
・志那津彦神(しなつひこのかみ)
・志那津姫神(しなつひめのかみ)
・豊受姫神(とようけひめのかみ)
☆由緒
源義経公が蝦夷地に落ち延びて、今の神岬村神威岬にさしかかった際に風浪が激しく船を進めることができなかった為、岬の遙か沖合にたつ衣冠姿に見えた神威岩に大綿津見神、志那戸神を奉斎し航海の安全を祈願したところ通過できたと伝わり、アイヌの人々もこれを「カムイ」として尊崇していた(この伝説に付随して女人禁制となる)。その後、松前藩の地頭藤倉近兵衛が神殿を神岬村に創建しアイヌ語の地名を用いて「志屋古丹《しやこたん》明神」、「於賀武意《おかむい》明神」として奉斎し、寛文3年に出稼ぎの漁民が社殿を再建した。文化2年には松前正神主白鳥遠江守が祭主となっている。慶応2年、社殿を現在の来岸村に移し、神威明神と尊称し積丹郡中の守護神として崇敬した。明治3年、本殿拝殿を再建するが社格が無く、明治8年郷社に列せられ大綿津見神社と改称した。明治44年、余別・来岸・神岬・西河の各村社稲荷神社を合祀する。大正4年神饌幣帛料供進神社に指定される。昭和6年10月19日に認可が下り、本殿を青森県産檜材にて改築する。同年8月20日に社名改称を出願、9月15日に許可される。昭和19年、向拝、拝殿、神饌所を改築竣工。昭和21年、宗教法人となる。昭和63年、御鎮座百二十周年記念奉祝祭を斎行した。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
余別稲荷神社 豊受姫神 創祀不明 明治44年4月15日合祀・来岸稲荷神社 豊受姫神 創祀不明 明治44年4月15日合祀・神岬稲荷神社 豊受姫神 創祀不明 明治44年4月15日合祀・西河稲荷神社 豊受姫神 創祀不明 明治44年4月15日合祀
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