神社と狛犬見て歩き

主に北海道の神社巡り。最近全国の一宮巡りを始めた。

洲崎神社/千葉県館山市(Sunosaki Jinja,Tateyama-shi,Chiba,Japan)

2017年06月26日 | 神社と狛犬
洲崎神社/千葉県館山市(Sunosaki Jinja,Tateyama-shi,Chiba,Japan)
☆安房国一宮。
2017年6月13日(火)、館山市洲崎にある洲崎神社(すのさきじんじゃ)に参拝。海を臨む御手洗山中腹に鎮座する大きな神社。雨が激しく降る。境内は県指定の天然記念物「洲崎神社自然林」だ。案内板あり。コンクリート参道、灰黒色の第1鳥居。鳥居をくぐり砂利参道。右に黒茶色屋根の細長い建物。左に灰青色屋根の洲崎区民館、青黒瓦屋根黄色壁の新しい社務所。黒瓦屋根の大きな手水舎、由緒碑。正面に随身門、くぐると長い石段。雨風強し。石段の途中で、参拝の夫婦と声を交わしてすれ違う。石段を登りきると青緑屋根の社殿。社殿右に5神を祀「長宮」。その奥本殿の右横に新しい小社:金毘羅宮。社殿左に赤い4基の鳥居の稲荷神社。赤い小社を風雨から守るために、屋根と木の壁で覆う二重構造になっている。ソテツの木が雨に打たれている。
獅子狛犬は居ない。
ポケモンGo:ジム×1、ポケストップ×4.
------------ネットによると-----------
☆所在地
 千葉県館山市洲崎1697
☆祭神
 〇主祭神
  ・天比理乃咩命(あまのひりのめのみこと):安房神社祭神天太玉命の后神で、元の名を「洲ノ神(すさきのかみ)」と称する。
 〇相殿神 
  ・天太玉命(あめのふとだまのみこと)
  ・天富命(あめのとみのみこと)
☆由緒
  神武天皇の御代、安房忌部一族の祖天富命が勅命により四国の忌部族を率いて房総半島を開拓され、忌部族の総祖神天太玉命の后神天比理乃咩命を祀ったのが当社です。平安時代の延喜式神名帳に式内大社后神天比理刀咩命神社とあり、元の名を洲ノ神(すさきのかみ)と称されていました。
  鎌倉時代の治承4年(1180)石橋山の合戦に敗れ房総半島に逃れてきた源頼朝公は、先ず当社に参詣し源氏の再興を祈願し、寿永元年(1182)には奉幣使を派遣し妻政子の安産を祈願して、広大な神殿を当社に寄進されました。以降関東武士の崇敬篤く、里見家七代義弘は社領五石を寄進。徳川幕府も朱印状で安堵しています。
 室町時代には、江戸城を築いた太田道灌は、鎮守として当社の御分霊を奉斎したのが神田明神の摂社八雲神社の前進と伝えられており、東京湾をはさみ湾の西海岸に位置する品川、神奈川にも御分霊を奉斎藤する神社があります。また、成田市鎮座の熊野神社境内には、明和2年(1765)建立の「諸国六十六社」があり、四方に一宮の社名が彫られており、安房国一宮として当社の社名が彫られており、広く信仰されていたことがうかがわれます。
 江戸時代後期の文化9年(1797)、房総の沿岸警備を巡視した奥州白河藩主松平定信は当社に参詣し「安房國一宮洲崎大明神」の扁額を奉納されました。
☆地名の由来
 ・館山市:館山とは現在の城山(根古屋山)そのものの名前でした。古来より山の上に領主の館が建っていたというのが由来で、館の山、つまり館山となる。
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