
上ノ國八幡宮/北海道上ノ国町(Kaminokuni Hachimangu,Kaminokuni Hokkaido Japan)
2014年8月15日(金)、上ノ国町字上ノ国にある上ノ國八幡宮を訪問。国道228号沿いの丘を背にした大きな神社。左に重要文化財笹浪家あり。右に宮司さんの居る社務所あり。木の第1鳥居をくぐり、アスファルトの参道。アジサイ咲く。同じく木の第2鳥居、水の流れている手水舎。左右に面白い燈籠がある。亀の上に龍が乗り、一番上に鷲が居る。奥に赤い瓦屋根の立派な社殿あり。神輿庫あり。
獅子狛犬は社殿前に1対居た。
阿吽は正常。逞しくガッチリ型。阿像は開いた口の下から舌が上に、垂れ耳、タテガミは流れ、尾は丸く垂直。風化が進みひび割れがあり、修復している。奉納年は明治31年5月(1898年)。
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☆所在地
〒049-0612 桧山郡上ノ国町字上ノ国238番地
☆祭神
・誉田別命(ほんだわけのみこと)
・天照大御神(あまてらすおおみかみ)
・火産霊命(ほむすびのみこと)
・大鷦鷯命(おほささぎのみこと)
・大山祇命(おおやまつみのみこと)
・倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
☆由緒
当社の御創建は、文明5年(1473)松前藩始祖「武田信廣」公が勝山舘(現国指定史跡「勝山舘」跡)に守護神として創祀、舘神(舘神八幡宮)と称した。永正11年(1514)2代光廣が大館(松前)に本拠を移し5代慶廣の時豊臣秀吉・徳川家康によって蝦夷島主と認められ、安東氏より独立するに至り、姓を松前と改め後に江戸幕府下の1藩として位置した。上ノ国は、藩祖草創の地として藩主の直領とされ当社は上ノ国三社「現・夷王山神社、砂館神社と併せて上ノ国三社という」の一社で、松前藩の崇敬殊に厚く、他2社と共に歴代藩主は1代に1度必ず参詣し、毎年正月には藩主名代が代参する慣しであった。現本殿は元禄12年(1699)建立の一間社流れ造り(一部彩色)の本殿を明治時代に勝山舘より遷し伝説「大蔵鰊」の若宮社他を合祀している。社殿には松前13代道廣公、14代章廣公の書が、又室町様式の狛犬が幣殿奥深く往時のままに御祭神を護っている。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
若宮社 大鷦鷯命 慶長3年創祀 明治9年合祀・滝廼社 火産霊命 慶長4年再建 明治28年合祀・神明社 天照大御神 正徳3年創祀 明治28年合祀・山神社 大山祇神 文禄3年創祀 大正元年合祀
☆町名「上ノ国」の由来
15世紀ころ、北海道(夷(えぞが)島(しま))南部の日本海側は、上ノ国(かみのくに)、太平洋側は下の国(しものくに)と称されていた。勝山館を擁し、日本海・北方交易の拠点として栄えたこの地に上ノ国(かみのくに)の名前が残ったことに由来。
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2014年8月15日(金)、上ノ国町字上ノ国にある上ノ國八幡宮を訪問。国道228号沿いの丘を背にした大きな神社。左に重要文化財笹浪家あり。右に宮司さんの居る社務所あり。木の第1鳥居をくぐり、アスファルトの参道。アジサイ咲く。同じく木の第2鳥居、水の流れている手水舎。左右に面白い燈籠がある。亀の上に龍が乗り、一番上に鷲が居る。奥に赤い瓦屋根の立派な社殿あり。神輿庫あり。
獅子狛犬は社殿前に1対居た。
阿吽は正常。逞しくガッチリ型。阿像は開いた口の下から舌が上に、垂れ耳、タテガミは流れ、尾は丸く垂直。風化が進みひび割れがあり、修復している。奉納年は明治31年5月(1898年)。
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☆所在地
〒049-0612 桧山郡上ノ国町字上ノ国238番地
☆祭神
・誉田別命(ほんだわけのみこと)
・天照大御神(あまてらすおおみかみ)
・火産霊命(ほむすびのみこと)
・大鷦鷯命(おほささぎのみこと)
・大山祇命(おおやまつみのみこと)
・倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
☆由緒
当社の御創建は、文明5年(1473)松前藩始祖「武田信廣」公が勝山舘(現国指定史跡「勝山舘」跡)に守護神として創祀、舘神(舘神八幡宮)と称した。永正11年(1514)2代光廣が大館(松前)に本拠を移し5代慶廣の時豊臣秀吉・徳川家康によって蝦夷島主と認められ、安東氏より独立するに至り、姓を松前と改め後に江戸幕府下の1藩として位置した。上ノ国は、藩祖草創の地として藩主の直領とされ当社は上ノ国三社「現・夷王山神社、砂館神社と併せて上ノ国三社という」の一社で、松前藩の崇敬殊に厚く、他2社と共に歴代藩主は1代に1度必ず参詣し、毎年正月には藩主名代が代参する慣しであった。現本殿は元禄12年(1699)建立の一間社流れ造り(一部彩色)の本殿を明治時代に勝山舘より遷し伝説「大蔵鰊」の若宮社他を合祀している。社殿には松前13代道廣公、14代章廣公の書が、又室町様式の狛犬が幣殿奥深く往時のままに御祭神を護っている。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
若宮社 大鷦鷯命 慶長3年創祀 明治9年合祀・滝廼社 火産霊命 慶長4年再建 明治28年合祀・神明社 天照大御神 正徳3年創祀 明治28年合祀・山神社 大山祇神 文禄3年創祀 大正元年合祀
☆町名「上ノ国」の由来
15世紀ころ、北海道(夷(えぞが)島(しま))南部の日本海側は、上ノ国(かみのくに)、太平洋側は下の国(しものくに)と称されていた。勝山館を擁し、日本海・北方交易の拠点として栄えたこの地に上ノ国(かみのくに)の名前が残ったことに由来。
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