
礼文厳島神社/北海道礼文町(Rebun Itsukushima Jinja,Rebun,Hokkaido Japan)
2016年7月10日(日)、礼文町香深村にある礼文厳島神社(れぶんいつくしまじんじゃ)に参拝。急な坂道を登り港を見下ろす丘の上の大きな神社。赤い第1鳥居、石段。上ると白い第2鳥居。右に手水舎、左に社務所。境内はモミジ、ナナカマド、サクラ、オンコ(イチイ)などの巨木。ウグイス鳴く。石段は続く、赤い第3鳥居。奥に青黒屋根の社殿。右に焼却場、左に忠霊塔、日食観測記念碑、神輿庫。
獅子狛犬は社殿前に居た。
阿吽像の配置は正常。筋骨たくましくガッチリ体型。タレ耳、タテガミは流れ、円柱のような尾は直立。奉納年は昭和34年(1959年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒097-1201 礼文郡礼文町大字香深村字トンナイ350番地
☆祭神
・ 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
・事代主神(ことしろぬしのかみ)
・三吉大神(みよしのおおかみ)
☆由緒
文化5年宗谷場所の請負人藤野喜兵衛が松前福山から海産繁殖捕魚円満祈願のため祭神市杵島姫命を奉遷、現在の町役場庁舎裏手斜面に祠を建て弁天社と崇めたのが創祀といわれる。明治9年村社に列せられ同19年春日造りの社殿を建立したが、同22年大豪雨による土砂崩れで埋没し、同年田中伊三郎・渡辺茂兵衛所有地の寄付をうけ明治28年現位置に社殿を建立奉遷、同39年神饌幣帛供進神社に指定された。昭和21年宗教法人となり、現在に至る。例祭日は7月15日とし宵宮祭は14日、16日後日祭を執行し15日16日2日間に渡り神輿渡御を行っていたが現在は15日のみ神輿渡御を行っている。。
☆地名の由来
・礼文町:アイヌ語のレプン・シㇼ(沖の・島)に由来。
・香深村:アイヌ語のカプ・カイ=波・くだける?由来。(北にある香深井から香深になったという。)
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2016年7月10日(日)、礼文町香深村にある礼文厳島神社(れぶんいつくしまじんじゃ)に参拝。急な坂道を登り港を見下ろす丘の上の大きな神社。赤い第1鳥居、石段。上ると白い第2鳥居。右に手水舎、左に社務所。境内はモミジ、ナナカマド、サクラ、オンコ(イチイ)などの巨木。ウグイス鳴く。石段は続く、赤い第3鳥居。奥に青黒屋根の社殿。右に焼却場、左に忠霊塔、日食観測記念碑、神輿庫。
獅子狛犬は社殿前に居た。
阿吽像の配置は正常。筋骨たくましくガッチリ体型。タレ耳、タテガミは流れ、円柱のような尾は直立。奉納年は昭和34年(1959年)。
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☆所在地
〒097-1201 礼文郡礼文町大字香深村字トンナイ350番地
☆祭神
・ 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
・事代主神(ことしろぬしのかみ)
・三吉大神(みよしのおおかみ)
☆由緒
文化5年宗谷場所の請負人藤野喜兵衛が松前福山から海産繁殖捕魚円満祈願のため祭神市杵島姫命を奉遷、現在の町役場庁舎裏手斜面に祠を建て弁天社と崇めたのが創祀といわれる。明治9年村社に列せられ同19年春日造りの社殿を建立したが、同22年大豪雨による土砂崩れで埋没し、同年田中伊三郎・渡辺茂兵衛所有地の寄付をうけ明治28年現位置に社殿を建立奉遷、同39年神饌幣帛供進神社に指定された。昭和21年宗教法人となり、現在に至る。例祭日は7月15日とし宵宮祭は14日、16日後日祭を執行し15日16日2日間に渡り神輿渡御を行っていたが現在は15日のみ神輿渡御を行っている。。
☆地名の由来
・礼文町:アイヌ語のレプン・シㇼ(沖の・島)に由来。
・香深村:アイヌ語のカプ・カイ=波・くだける?由来。(北にある香深井から香深になったという。)
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