
陸別神社/北海道陸別町(Rikubetsu Jinja,Rikubetsu Hokkaido Japan)
2015年5月29日(金)、陸別町にある陸別神社(りくべつじんじゃ)に参拝。丘の上の中くらいの神社。白い鳥居、アスファルト参道。右は陸別自工。参道を行くと右に社務所と手水舎、左に由緒看板。急な石段がある。境内はエゾマツ、トドマツ、オンコ(イチイ)、広葉樹が沢山ある。石段を登る途中にインスタントセメントが置いてあり石段を修理中だ。登り切ると焦げ茶色屋根の社殿。右に演舞場兼神輿庫、トイレあり。
獅子狛犬は石段の最初に1対居た。
阿吽は正。胸板の厚い逞しい体型(護国神社型)。耳は水平、タテガミは首の周りをふさの様に飾り、尾はくるりと丸め先は後ろに反る。奉納年は石を指でなぞって分かり、昭和17年9月(1942年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒089-4300 足寄郡陸別町字陸別78番地
☆祭神
・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ
☆由緒
明治35年関農場管理人片山重蔵がトマム原野に来住して和人土着の始めとなった。明治39年頃より和人が相次いで来住し、市街地を形成した。明治42年住民が協議し小堂宇を建立し天照皇大神を奉斎したのが当社の縁起である。社地は現在地で神殿は地域住民の寄付に依ったが殆どは小田清兵衛の労力奉仕により建立された。その後幾多の変遷があったが昭和2年社殿敷地を地均し、栗原安丸の寄進により神殿及拝殿を竣功する。昭和4年陸別神社創立許可になる。昭和5年村社陸別神社に昇格認可受ける。平成4年4月御造営奉賛会が発足され平成7年御社殿並びに神楽殿・手水舎を造営、参道整備を行い同年6月17日遷座祭を斎行、同年11月5日に落成、奉祝大祭を斎行した。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
川上神社 天照大神 大正2年6月創祀 昭和56年11月合祀・薫別神社 天照大神 大正6年4月創祀 昭和58年10月合祀
☆地名の由来
・陸別町:アイヌ語リクンペツ (高く危険な川の意) に由来。
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2015年5月29日(金)、陸別町にある陸別神社(りくべつじんじゃ)に参拝。丘の上の中くらいの神社。白い鳥居、アスファルト参道。右は陸別自工。参道を行くと右に社務所と手水舎、左に由緒看板。急な石段がある。境内はエゾマツ、トドマツ、オンコ(イチイ)、広葉樹が沢山ある。石段を登る途中にインスタントセメントが置いてあり石段を修理中だ。登り切ると焦げ茶色屋根の社殿。右に演舞場兼神輿庫、トイレあり。
獅子狛犬は石段の最初に1対居た。
阿吽は正。胸板の厚い逞しい体型(護国神社型)。耳は水平、タテガミは首の周りをふさの様に飾り、尾はくるりと丸め先は後ろに反る。奉納年は石を指でなぞって分かり、昭和17年9月(1942年)。
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☆所在地
〒089-4300 足寄郡陸別町字陸別78番地
☆祭神
・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ
☆由緒
明治35年関農場管理人片山重蔵がトマム原野に来住して和人土着の始めとなった。明治39年頃より和人が相次いで来住し、市街地を形成した。明治42年住民が協議し小堂宇を建立し天照皇大神を奉斎したのが当社の縁起である。社地は現在地で神殿は地域住民の寄付に依ったが殆どは小田清兵衛の労力奉仕により建立された。その後幾多の変遷があったが昭和2年社殿敷地を地均し、栗原安丸の寄進により神殿及拝殿を竣功する。昭和4年陸別神社創立許可になる。昭和5年村社陸別神社に昇格認可受ける。平成4年4月御造営奉賛会が発足され平成7年御社殿並びに神楽殿・手水舎を造営、参道整備を行い同年6月17日遷座祭を斎行、同年11月5日に落成、奉祝大祭を斎行した。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
川上神社 天照大神 大正2年6月創祀 昭和56年11月合祀・薫別神社 天照大神 大正6年4月創祀 昭和58年10月合祀
☆地名の由来
・陸別町:アイヌ語リクンペツ (高く危険な川の意) に由来。
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