神社と狛犬見て歩き

主に北海道の神社巡り。最近全国の一宮巡りを始めた。

鳥海山大物忌神社 蕨岡口之宮/山形県遊佐町(Chokaizan Omonoimi Jinja Warabiokakuchinomiya,Yuza-machi,Yamagata,Japan)

2017年05月01日 | 神社と狛犬
鳥海山大物忌神社 蕨岡口之宮/山形県遊佐町(Chokaizan Omonoimi Jinja Warabiokakuchinomiya,Yuza-machi,Yamagata,Japan)
☆出羽国一宮。
2017年4月17日(月)、遊佐町大字上蕨岡にある鳥海山大物忌神社 蕨岡口之宮(ちょうかいざんおおものいみじんじゃわらびおかくちのみや)に参拝。住宅地の丘の上の大きな神社。木の第2鳥居、石段から入る。第1鳥居はずっと下にあるそうだ。右に由緒板。境内はスギ、サクラ、イチョウなどの巨木とツツジ、白い模様の笹。サクラは咲いていない。参道をゆく。国登録有形文化財「髄神門」をくぐる。右に社務所、斎館、神楽殿、左に手水舎。石板参道をゆく。石段になる。登ると左に曲がり木の第3鳥居。石板参道をゆく。奥に青黒屋根の社殿。蕨岡口之宮本殿だ。本殿右上に小社が並ぶ。その前にさざれ石。摂社:風神社・末社:荘照居成神社は、石段を登り、赤い鳥居、青黒屋根の社殿。2社を兼ねている。隣に3つの小社あり。赤屋根の大鎮神社、青緑屋根の松ヶ岡神社と赤屋根の田山神社。境内は静かだ。本殿向いにある白壁の土蔵、その奥に薄黄色壁の倉庫あり。
獅子狛犬は社殿前に1対居た。
阿吽像は正常配置。スラリとした縦長体型。鳥海山大物忌神社 吹浦口之宮の獅子狛犬によく似ている。奉納年は、こちらの方が25年新しい。タレ耳、タテガミはウズを巻き流れ、大きな尾は直立。奉納年は、大正15年9月(1926年)。
ポケモンGO:なし。
------------ネットによると-----------
☆所在地
山形県飽海郡遊佐町大字上蕨岡字松ヶ岡51
☆祭神
・大物忌大神(おおものいみのおおかみ) 
☆由緒
 景行天皇または欽明天皇時代の創建と伝えられるが、諸説があり、山頂社殿が噴火焼失と再建を繰り返しているための勧請も絡んでいて、創建時期の特定は困難である。鳥海山の登山口は、主要なものだけで矢島、小滝、吹浦、蕨岡の4ヶ所(鳥海修験 も参照のこと)があり、各登山口ごとに異なる伝承が伝わるうえに、登山口ごとに信徒が一定の勢力を構成して、互いに反目競争することも多かったため、それらの伝承が歪められることも多く、定説をみない状況である。
 神社の創祀は欽明天皇二十五年(千四百年余年前)の御代と伝えられている。 鳥海山は活火山で、噴火などの異変が起こると朝廷から奉幣があり鎮祭が行われた。本社は山頂に鎮座し、麓に「口の宮」と呼ばれる里宮が吹浦と蕨岡の二ヶ所に鎮座する。
 ・蕨岡の伝承
 吹浦とは別の縁起が伝わる蕨岡の「鳥海山記并序」(宝永6年、1709年)では、役行者が開山したとする前提で、行者がはじめて山に登ったとき、「鳥の海」をみたことから「鳥海山」と名づけられたとしている。なお、社の創建のとき、山に名称はなく、現在の「鳥海山」という山名ができた由来には諸説あり、山上にあって霊鳥が生息すると言い伝えられる「鳥の海」によるとする説が有力である。
☆地名の由来
 ・山形:山形県の「山形」は、平安初期の資料「和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)」に今の山形市の南側を「山方(やまがた)郷」と言ったことに由来。なぜここを山方と言ったかは不明だが、今の山形市より見て南のほうには、山岳信仰で知られた蔵王、瀧山(りゅうざん)の山々がある。南北朝時代に斯波兼頼が政治の拠点をこの地に置き政治が安定してくると、土地売買の文書などに山形という地名が改めて見えてくるようになる。
 ・遊佐(ゆざ):①揺さぶられるの「ゆさ」に由来する。また「いさ(砂)」の転訛とも言われる。②「いさ」の転で、「砂地」のことか。あるいは、「ゆ(水)」+「さ(接尾語)」で、「水のあるところ」という意味。③「いさ」「いさご(砂子)」と同じで砂地の意味。
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