
矢不来天満宮/北海道北斗市(Yafurai Tenmangu,Hokuto Hokkaido Japan)
2014年9月28日(日)、北斗市矢不来(やふらい)にある矢不来天満宮に参拝。山の中の大きな神社。杉や松の巨木が沢山ある。石段を登ると砂利参道。「茂別館跡(もべつかんあと)」の碑、国指定史跡の立て札。灰色の第1鳥居、砂利参道。鮭之碑あり、白い第2鳥居をくぐり、砂利参道。大きくて立派な社務所、大きな資材庫あり。神木、石碑2基、絵馬、手水舎あり。乳白色の第3鳥居、コンクリート参道。奥に銅板葺き屋根の社殿あり。左に資材庫、神輿庫あり。右に造営記念、開田記念の碑あり。社殿の奥に、末社:川下社あり。
獅子狛犬は3対居た。
1対目は第3鳥居前に居た。
左右に寝そべった牛だ。右は青銅製できっちりと細部まで作ってある。角あり、足を折り曲げている。胴には梅の花が家紋のように押してある。左は石製で、彫りが素朴だ。角も頭に張り付いていて、眼は良く分からず、鼻の穴が良く見える。足もぼんやりとしている。この左右は1対づつ長い時間の間隔を空けて奉納されたのだろう。奉納年は不明。
2対目は第3鳥居直前に居た。
小さな獅子狛犬だ。風化が激しく阿吽不明。両足は折れている、顔も破損、わずかに、尾は小さいことが分かる。奉納年は不明。
3対目は社殿前に居た。
阿吽は正常。スラリとした縦長の体型だ。口は赤く塗られ、垂れ耳、タテガミは流れ、尾は背中に張り付く。奉納年は昭和5年9月(1930年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒049-0286 北斗市矢不来138番地
☆祭神
・菅原道眞公(すがわらのみちざねこう)
☆由緒
嘉吉3年安藤盛季矢不来に舘を築く。長禄元年アイヌとの戦いに稀瑞を感じ舘主下国安藤式部大輔安部家政が家臣池田半太夫源輝元に命じ神勤させた。爾来、守護神として崇敬す。貞享5年下国儀季造営、元禄14年、下国要季造営。同年、拝殿を吉川六兵衛が造営、宝暦2年下国細見が再建、明和3年下国但見安部季政が再建、天明3年7月下国勘由が再建、元治元年再建、明治8年村社に列す。明治15年下国安芸が茂辺地に遥拝殿再建、明治28年遙拝殿移転、大正6年矢不来より茂辺地に本殿を移転、大正6年神饌幣帛料供進指定。昭和3年上磯町字矢不来138番地に移転、昭和43年社殿を神明造に改築する。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
舘稲荷神社 倉稲魂神 元和元年9月創祀 明治11年合祀
・昭和57年7月3日文部省告示第114号を以て境内全域が史跡並びに城跡として国指定となる。
☆地名の由来
・北斗市:北斗市の名は、旧上磯町と旧大野町が合併して新市ができたときに、市民公募で付けられた。
・矢不来:アイヌ語の地名に由来するが、矢不来神社の沿革に依ればコシャマインの戦いの際、この地にアイヌの毒矢が来なかったことから「ヤギナイ」と呼称し矢不来の字をあてたとの説がある。
しかし、地形から言うとアイヌ語の「ヤンギナイ」=船を揚げる所というものに由来するという説が有力である。
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2014年9月28日(日)、北斗市矢不来(やふらい)にある矢不来天満宮に参拝。山の中の大きな神社。杉や松の巨木が沢山ある。石段を登ると砂利参道。「茂別館跡(もべつかんあと)」の碑、国指定史跡の立て札。灰色の第1鳥居、砂利参道。鮭之碑あり、白い第2鳥居をくぐり、砂利参道。大きくて立派な社務所、大きな資材庫あり。神木、石碑2基、絵馬、手水舎あり。乳白色の第3鳥居、コンクリート参道。奥に銅板葺き屋根の社殿あり。左に資材庫、神輿庫あり。右に造営記念、開田記念の碑あり。社殿の奥に、末社:川下社あり。
獅子狛犬は3対居た。
1対目は第3鳥居前に居た。
左右に寝そべった牛だ。右は青銅製できっちりと細部まで作ってある。角あり、足を折り曲げている。胴には梅の花が家紋のように押してある。左は石製で、彫りが素朴だ。角も頭に張り付いていて、眼は良く分からず、鼻の穴が良く見える。足もぼんやりとしている。この左右は1対づつ長い時間の間隔を空けて奉納されたのだろう。奉納年は不明。
2対目は第3鳥居直前に居た。
小さな獅子狛犬だ。風化が激しく阿吽不明。両足は折れている、顔も破損、わずかに、尾は小さいことが分かる。奉納年は不明。
3対目は社殿前に居た。
阿吽は正常。スラリとした縦長の体型だ。口は赤く塗られ、垂れ耳、タテガミは流れ、尾は背中に張り付く。奉納年は昭和5年9月(1930年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒049-0286 北斗市矢不来138番地
☆祭神
・菅原道眞公(すがわらのみちざねこう)
☆由緒
嘉吉3年安藤盛季矢不来に舘を築く。長禄元年アイヌとの戦いに稀瑞を感じ舘主下国安藤式部大輔安部家政が家臣池田半太夫源輝元に命じ神勤させた。爾来、守護神として崇敬す。貞享5年下国儀季造営、元禄14年、下国要季造営。同年、拝殿を吉川六兵衛が造営、宝暦2年下国細見が再建、明和3年下国但見安部季政が再建、天明3年7月下国勘由が再建、元治元年再建、明治8年村社に列す。明治15年下国安芸が茂辺地に遥拝殿再建、明治28年遙拝殿移転、大正6年矢不来より茂辺地に本殿を移転、大正6年神饌幣帛料供進指定。昭和3年上磯町字矢不来138番地に移転、昭和43年社殿を神明造に改築する。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
舘稲荷神社 倉稲魂神 元和元年9月創祀 明治11年合祀
・昭和57年7月3日文部省告示第114号を以て境内全域が史跡並びに城跡として国指定となる。
☆地名の由来
・北斗市:北斗市の名は、旧上磯町と旧大野町が合併して新市ができたときに、市民公募で付けられた。
・矢不来:アイヌ語の地名に由来するが、矢不来神社の沿革に依ればコシャマインの戦いの際、この地にアイヌの毒矢が来なかったことから「ヤギナイ」と呼称し矢不来の字をあてたとの説がある。
しかし、地形から言うとアイヌ語の「ヤンギナイ」=船を揚げる所というものに由来するという説が有力である。
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