
東士狩神社/北海道音更町(Higashishikari Jinja,Otohuke Hokkaido Japan)
2015年5月16日(土)、音更町字東士狩にある東士狩神社(ひがししかりじんじゃ)に参拝。道々214号線沿いの畑の中にある中くらいの神社。白い鳥居をくぐり、砂利参道。100mほど行くと松やカエデの木々が茂る境内。右に東士狩百年記念館、左に手水舎。大きなハルニレやイチョウの木。奥に赤屋根の社殿。左にトイレと資材庫あり。白い花咲く。
獅子狛犬は、社殿の前に1対居た。
阿吽正常。小さい頭、丸い身体。耳は水平、少ないタテガミ、丸い胴、身体の3分の1ほどある丸い尾。奉納年は大正15年4月(1926年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒080-0343 河東郡音更町字東士狩西7線66番地
☆祭神
・月夜見命(つきよみのみこと)
☆由緒
明治32年富山県西砺波郡高波村大字江波村(現砺波市)よりの移住民3人の夢枕に郷土の氏神が立ち「この地より北海道へ移住せし者数多居り、吾も移り住みその地を守らん」との託宣があったため、郷土の鎮守の分霊を奉斎し、社殿を造営したのが創祀と伝えられる。大正13年無格社となった。昭和5年伊勢の神宮より古材の撤下を受け昭和15年本殿造営がなった。昭和21年宗教法人となった。平成8年地区開拓百年記念事業として境内隣接地に百年記念館を新築した。明治35年から舞い続けられている獅子舞は音更町の伝統芸能として十勝地方の祭事には欠かすことの出来ない存在でもある。
☆地名の由来
・音更町:アイヌ語の「オトプケ」(毛髪が生ずる)より。「川の流れが乱れた髪の毛のようだったから」という説と、「河川に密生する柳の様子が髪の毛のようだったから」という説が存在する。
---------------------------------------------------------------------------------
























2015年5月16日(土)、音更町字東士狩にある東士狩神社(ひがししかりじんじゃ)に参拝。道々214号線沿いの畑の中にある中くらいの神社。白い鳥居をくぐり、砂利参道。100mほど行くと松やカエデの木々が茂る境内。右に東士狩百年記念館、左に手水舎。大きなハルニレやイチョウの木。奥に赤屋根の社殿。左にトイレと資材庫あり。白い花咲く。
獅子狛犬は、社殿の前に1対居た。
阿吽正常。小さい頭、丸い身体。耳は水平、少ないタテガミ、丸い胴、身体の3分の1ほどある丸い尾。奉納年は大正15年4月(1926年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒080-0343 河東郡音更町字東士狩西7線66番地
☆祭神
・月夜見命(つきよみのみこと)
☆由緒
明治32年富山県西砺波郡高波村大字江波村(現砺波市)よりの移住民3人の夢枕に郷土の氏神が立ち「この地より北海道へ移住せし者数多居り、吾も移り住みその地を守らん」との託宣があったため、郷土の鎮守の分霊を奉斎し、社殿を造営したのが創祀と伝えられる。大正13年無格社となった。昭和5年伊勢の神宮より古材の撤下を受け昭和15年本殿造営がなった。昭和21年宗教法人となった。平成8年地区開拓百年記念事業として境内隣接地に百年記念館を新築した。明治35年から舞い続けられている獅子舞は音更町の伝統芸能として十勝地方の祭事には欠かすことの出来ない存在でもある。
☆地名の由来
・音更町:アイヌ語の「オトプケ」(毛髪が生ずる)より。「川の流れが乱れた髪の毛のようだったから」という説と、「河川に密生する柳の様子が髪の毛のようだったから」という説が存在する。
---------------------------------------------------------------------------------






























