
天満宮/北海道小樽市(Tenmangu shrine,Hokkaido Japan)
2012年10月27日。小樽市天神にある天満宮を訪れる。ちょっと住宅地から離れた神社だ
。隣には向陽中学校がある。社号標には、鎮座天満宮とある。白い石の大きな鳥居があ
る。長い参道を歩いていくと右側に木造の建物が2棟建っている。車があるので住んで
いるのだろう。社務所かな?社殿も古い木造で、風格がある。
獅子狛犬は、鳥居の前に1対居た。阿像はオンコの木の影になりよく見えない。撮影のため枝を引っ張って避けたけれど、枝が邪魔してうまく写真を撮ることができなかった。阿吽像の位置は、正常。がっちりとした体躯だ。阿像は鼻と右耳が壊れて欠けている。耳は後頭部の方へ垂れている。奉納年は不明。
-------------ネットによると---------------------------------------------
☆所在地
〒047-0011 小樽市天神1丁目9番21号
電話 0134-22-7984
☆祭神
・菅原道真朝臣(すがわらみちざねあそん)
・保食神(うけもちのかみ)
☆由緒
慶応3年小樽港新地町に勧請。明治11年奥澤村字オネナイ(天神小学校隣)に本社創立無格社となる。明治19年地券下付、境内地600坪となる。この遷座の時大幟と酒が大山樽にて郡役所より奉献せられたという。明治27年4月暴風の為社殿破壊される。明治29年奥澤村147番地(天神会館横隣)800坪を買収移転遷座する。明治35年の明細帳によれば本殿間口3間奥行2間建坪5坪、拝殿間口3間3尺奥行2間3尺建坪12坪2合、信徒199名とある。昔元奥澤村は農村にしてその年によりて旱魃あり、「天満宮に雨乞の祈請して其の難を逃れる事数十回あり」と記されている。昭和8年奥澤地区の発展に伴い社殿境内が手狭になり社殿腐朽甚だしくなった為、上隣の現在地を2000坪ほど買収して8月移転遷座する。
昭和15年村社に列する。昭和28年宗教法人法により宗教法人となる。昭和39年境内地に
天神会館建設を許可する。
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2012年10月27日。小樽市天神にある天満宮を訪れる。ちょっと住宅地から離れた神社だ
。隣には向陽中学校がある。社号標には、鎮座天満宮とある。白い石の大きな鳥居があ
る。長い参道を歩いていくと右側に木造の建物が2棟建っている。車があるので住んで
いるのだろう。社務所かな?社殿も古い木造で、風格がある。
獅子狛犬は、鳥居の前に1対居た。阿像はオンコの木の影になりよく見えない。撮影のため枝を引っ張って避けたけれど、枝が邪魔してうまく写真を撮ることができなかった。阿吽像の位置は、正常。がっちりとした体躯だ。阿像は鼻と右耳が壊れて欠けている。耳は後頭部の方へ垂れている。奉納年は不明。
-------------ネットによると---------------------------------------------
☆所在地
〒047-0011 小樽市天神1丁目9番21号
電話 0134-22-7984
☆祭神
・菅原道真朝臣(すがわらみちざねあそん)
・保食神(うけもちのかみ)
☆由緒
慶応3年小樽港新地町に勧請。明治11年奥澤村字オネナイ(天神小学校隣)に本社創立無格社となる。明治19年地券下付、境内地600坪となる。この遷座の時大幟と酒が大山樽にて郡役所より奉献せられたという。明治27年4月暴風の為社殿破壊される。明治29年奥澤村147番地(天神会館横隣)800坪を買収移転遷座する。明治35年の明細帳によれば本殿間口3間奥行2間建坪5坪、拝殿間口3間3尺奥行2間3尺建坪12坪2合、信徒199名とある。昔元奥澤村は農村にしてその年によりて旱魃あり、「天満宮に雨乞の祈請して其の難を逃れる事数十回あり」と記されている。昭和8年奥澤地区の発展に伴い社殿境内が手狭になり社殿腐朽甚だしくなった為、上隣の現在地を2000坪ほど買収して8月移転遷座する。
昭和15年村社に列する。昭和28年宗教法人法により宗教法人となる。昭和39年境内地に
天神会館建設を許可する。
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