
大鳥神社/北海道黒松内町(Otori Jinja,Kuromatsunai Hokkaido Japan)
2014年7月14日(月)、黒松内町字黒松内にある大鳥神社を訪問。街の中のエゾマツ茂る高台にある大きな神社。道路向かいに洞参寺、左には久保田左官工業。こげ茶色の第1鳥居、大きな手水石。長い石段。木製の第2鳥居。左に資材庫、右に「黒松内ぶなの里歌日記」の碑。神職身分2段上故大鳥神社宮司 武田信一翁 顕彰の碑あり。社殿右奥に神輿庫。左に社殿に連接して社務所、宮司はいない。ずっと下りてブナの大木に囲まれて忠魂碑あり。
獅子狛犬は2対居た。
1対目は第2鳥居の前に居た。筋肉質のガッチリ型。阿吽は正常。垂れ耳、尾は大きくて垂直。阿像は、開いた口が中央でくっついている。奉納年は明治44年9月9日(1911年)。
2対目は社殿前に居た。新しい岡崎型だ。阿吽は正常。阿像は左足に玉を、吽像は右足に子獅子を守っている。奉納年は不明。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒048-0101 寿都郡黒松内町字黒松内463番地
☆祭神
・日本武尊(やまとたけるのみこと)
☆由緒
当神社は今から凡そ147年ほど前に朱太川(現在は緑橋附近で黒松内発祥の地碑跡)に創祀されたのがはじまりであるといわれている。御祭神は日本武尊で松前藩の花岡利右衛門の邸内に建立されていた小祠を、地元住民が協議のうえ出願し、明治9年村社に列せられた。明治39年3月23日、旧境内地80坪のうち8坪を北海道鐡道株式会社へ売却の追認を出願し同年5月21日許可される。明治44年には境内地が狭く社殿の老朽化が進んだので協議の結果、花岡利吉所有地へ移転新築を出願し翌年7月30日には許可を得て奉遷された。大正3年9月5日、神社財産の畑1畝3歩を鉄道敷地として売却が認可される。昭和9年8月31日には神饌幣帛料供進神社に指定され、9月24日には新社殿が落成した。
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2014年7月14日(月)、黒松内町字黒松内にある大鳥神社を訪問。街の中のエゾマツ茂る高台にある大きな神社。道路向かいに洞参寺、左には久保田左官工業。こげ茶色の第1鳥居、大きな手水石。長い石段。木製の第2鳥居。左に資材庫、右に「黒松内ぶなの里歌日記」の碑。神職身分2段上故大鳥神社宮司 武田信一翁 顕彰の碑あり。社殿右奥に神輿庫。左に社殿に連接して社務所、宮司はいない。ずっと下りてブナの大木に囲まれて忠魂碑あり。
獅子狛犬は2対居た。
1対目は第2鳥居の前に居た。筋肉質のガッチリ型。阿吽は正常。垂れ耳、尾は大きくて垂直。阿像は、開いた口が中央でくっついている。奉納年は明治44年9月9日(1911年)。
2対目は社殿前に居た。新しい岡崎型だ。阿吽は正常。阿像は左足に玉を、吽像は右足に子獅子を守っている。奉納年は不明。
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☆所在地
〒048-0101 寿都郡黒松内町字黒松内463番地
☆祭神
・日本武尊(やまとたけるのみこと)
☆由緒
当神社は今から凡そ147年ほど前に朱太川(現在は緑橋附近で黒松内発祥の地碑跡)に創祀されたのがはじまりであるといわれている。御祭神は日本武尊で松前藩の花岡利右衛門の邸内に建立されていた小祠を、地元住民が協議のうえ出願し、明治9年村社に列せられた。明治39年3月23日、旧境内地80坪のうち8坪を北海道鐡道株式会社へ売却の追認を出願し同年5月21日許可される。明治44年には境内地が狭く社殿の老朽化が進んだので協議の結果、花岡利吉所有地へ移転新築を出願し翌年7月30日には許可を得て奉遷された。大正3年9月5日、神社財産の畑1畝3歩を鉄道敷地として売却が認可される。昭和9年8月31日には神饌幣帛料供進神社に指定され、9月24日には新社殿が落成した。
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