
厚岸神社/北海道厚岸町(Akkeshi Jinja,Akkeshi Hokkaido Japan)
2015年6月13日(土)、厚岸町湾月にある厚岸町神社(あっけしじんじゃ)に参拝。丘の麓にある大きな神社。右隣には国泰禅寺あり。白い第1鳥居、砂利参道。小さな白い欄干のある橋を渡り、鳥居をくぐる。右に新しい社務所、左に資材庫(旧社務所?)。白い第2鳥居、石段。右に資材庫、左に手水舎。石段を登る、両側はサクラとオンコ(イチイ)の並木。登り切ると白い第3鳥居。右に「近藤重蔵建立碑文」、御札授与所。奥に赤屋根の社殿。右に連接した参集所、左に史跡、公立厚岸病院跡碑、神輿殿あり。
獅子狛犬は第3鳥居前に1対居た。
阿吽は正常。筋肉質の逞しい体型。耳は水平、タテガミはウズを巻き流れ、尾は背中でとぐろを巻く。風化が進み、阿像は口の付近・足など、吽像は右耳を修理。奉納年は昭和11年10月(1936年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒088-1114 厚岸郡厚岸町湾月1丁目3番地
☆祭神
・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
・豊受姫神(とようけひめのかみ)
・市杵島命(いつきしまひめのみこと)
☆由緒
寛政3年(1791)最上徳内が幕府に上書して道東の中心地である厚岸に神社を創立し天照皇大神、豊受姫神を祀り神明宮と称した。これはアイヌ教化と北辺鎮護の為であって、更に寛政10年には近藤重蔵が社殿を改修し市杵島姫命を合祀し海上安全を祈った。此の時近藤重蔵が石に刻して建てた碑文及び由来は歴史上公知の事実である。爾来海上安全大漁豊作町内繁栄の守護神として一般の尊崇する所となった。文化3年更に社殿を改修し6月15日に祭礼を斎行していた。明治8年より厚岸町の総鎮守とし厚岸神社と称するに至り昭和8年無格社より郷社に昇格し現在は宗教法人に依る神社として公認せられ、毎年7月15日に例祭を斎行している。
☆地名の由来
・厚岸町:アイヌ語のアッケウシ(atkeusi オヒョウニレの皮をいつもはぐ所)から。
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2015年6月13日(土)、厚岸町湾月にある厚岸町神社(あっけしじんじゃ)に参拝。丘の麓にある大きな神社。右隣には国泰禅寺あり。白い第1鳥居、砂利参道。小さな白い欄干のある橋を渡り、鳥居をくぐる。右に新しい社務所、左に資材庫(旧社務所?)。白い第2鳥居、石段。右に資材庫、左に手水舎。石段を登る、両側はサクラとオンコ(イチイ)の並木。登り切ると白い第3鳥居。右に「近藤重蔵建立碑文」、御札授与所。奥に赤屋根の社殿。右に連接した参集所、左に史跡、公立厚岸病院跡碑、神輿殿あり。
獅子狛犬は第3鳥居前に1対居た。
阿吽は正常。筋肉質の逞しい体型。耳は水平、タテガミはウズを巻き流れ、尾は背中でとぐろを巻く。風化が進み、阿像は口の付近・足など、吽像は右耳を修理。奉納年は昭和11年10月(1936年)。
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☆所在地
〒088-1114 厚岸郡厚岸町湾月1丁目3番地
☆祭神
・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
・豊受姫神(とようけひめのかみ)
・市杵島命(いつきしまひめのみこと)
☆由緒
寛政3年(1791)最上徳内が幕府に上書して道東の中心地である厚岸に神社を創立し天照皇大神、豊受姫神を祀り神明宮と称した。これはアイヌ教化と北辺鎮護の為であって、更に寛政10年には近藤重蔵が社殿を改修し市杵島姫命を合祀し海上安全を祈った。此の時近藤重蔵が石に刻して建てた碑文及び由来は歴史上公知の事実である。爾来海上安全大漁豊作町内繁栄の守護神として一般の尊崇する所となった。文化3年更に社殿を改修し6月15日に祭礼を斎行していた。明治8年より厚岸町の総鎮守とし厚岸神社と称するに至り昭和8年無格社より郷社に昇格し現在は宗教法人に依る神社として公認せられ、毎年7月15日に例祭を斎行している。
☆地名の由来
・厚岸町:アイヌ語のアッケウシ(atkeusi オヒョウニレの皮をいつもはぐ所)から。
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