
上渚滑八幡神社/北海道紋別市(Kamisyokotsu Hachiman Jinja,Monbetsu Hokkaido Japan)
2015年8月22日(土)、紋別市上渚滑町にある上渚滑八幡神社(かみしょこつはちまんじんじゃ)に参拝。国道273号沿いの市街地にある中くらいの神社。道路斜め向かいには上渚滑中学校あり。赤い鳥居、砂利参道。右に手水舎、左に社務所、コスモス咲く。境内はエゾマツ、トドマツ、サクラ、オンコ(イチイ)などの巨木の林。参道を行く。右に開拓記念碑、忠魂碑、道路近くにトイレあり。左に末社:稲荷神社、お札授与所。奥に赤屋根の社殿。社殿右に、資材庫、神輿庫、天照皇大神他 4柱大神。
獅子狛犬は、2対居た
1対目は、手水舎の後ろに居た。
阿吽正常。小型でアゴヒゲの長いスリムな体型。参道に直角に向かい合う。頭と顔はゴツゴツしていて、耳は水平、タテガミは豊かでウズを巻き流れ、長い尾は直立。奉納年は昭和15年9月15日(1940年)。
2対目は、社殿前に1対居た。
阿吽正常。ガッチリした逞しい体型。耳は水平、タテガミは少なくさらりと流れ、大きな尾はウズを巻いて小山のように盛り上がる。阿像は玉を前足の下に守り、吽像は小さな子供を背中に乗せている。とても珍しい。奉納年は昭和13年7月(1938年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒099-5355 紋別市上渚滑町更生5番地2
☆祭神
・応神天皇(おうじんてんのう)
・神功皇后(じんぐうこうごう)
・比大神(ひめおおかみ)
☆由緒
明治26年、木村嘉永・堀川泰洋等1族が郷里新潟県より移住し、同27年高知県より岩田宗晴等移住した。開拓の困苦を乗り切る為、この3者が相議り、神の加護により開拓の成功を祈願し、移住者の敬神思想と土着・開拓心の涵養並に団結力の強化を計る為、上渚滑村字渚滑原野462番地に小祠を建立し、郷土に於ける信仰の神、応神天皇・神功皇后・比大神の3柱を遷座しお祀りした。昭和10年、福山直人・東條富一・棚橋米太郎・辰田長吉・勝藤伊勢吉等が中心となり現在地に社殿を造営し現在に至る。昭和16年八幡神社として創立許可される。無格社。昭和19年村社に列し、昭和21年宗教法人となった。
☆地名の由来
・紋別市:市内中央部を流れる藻鼈川(もべつ)を指すアイヌ語のモベッmo-pet[静かである・川]から。
・上渚滑町:アイヌ語の「ショーコツ」(滝壺)に由来し、渚滑川の上流域に位置するため「上」を冠している。
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2015年8月22日(土)、紋別市上渚滑町にある上渚滑八幡神社(かみしょこつはちまんじんじゃ)に参拝。国道273号沿いの市街地にある中くらいの神社。道路斜め向かいには上渚滑中学校あり。赤い鳥居、砂利参道。右に手水舎、左に社務所、コスモス咲く。境内はエゾマツ、トドマツ、サクラ、オンコ(イチイ)などの巨木の林。参道を行く。右に開拓記念碑、忠魂碑、道路近くにトイレあり。左に末社:稲荷神社、お札授与所。奥に赤屋根の社殿。社殿右に、資材庫、神輿庫、天照皇大神他 4柱大神。
獅子狛犬は、2対居た
1対目は、手水舎の後ろに居た。
阿吽正常。小型でアゴヒゲの長いスリムな体型。参道に直角に向かい合う。頭と顔はゴツゴツしていて、耳は水平、タテガミは豊かでウズを巻き流れ、長い尾は直立。奉納年は昭和15年9月15日(1940年)。
2対目は、社殿前に1対居た。
阿吽正常。ガッチリした逞しい体型。耳は水平、タテガミは少なくさらりと流れ、大きな尾はウズを巻いて小山のように盛り上がる。阿像は玉を前足の下に守り、吽像は小さな子供を背中に乗せている。とても珍しい。奉納年は昭和13年7月(1938年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒099-5355 紋別市上渚滑町更生5番地2
☆祭神
・応神天皇(おうじんてんのう)
・神功皇后(じんぐうこうごう)
・比大神(ひめおおかみ)
☆由緒
明治26年、木村嘉永・堀川泰洋等1族が郷里新潟県より移住し、同27年高知県より岩田宗晴等移住した。開拓の困苦を乗り切る為、この3者が相議り、神の加護により開拓の成功を祈願し、移住者の敬神思想と土着・開拓心の涵養並に団結力の強化を計る為、上渚滑村字渚滑原野462番地に小祠を建立し、郷土に於ける信仰の神、応神天皇・神功皇后・比大神の3柱を遷座しお祀りした。昭和10年、福山直人・東條富一・棚橋米太郎・辰田長吉・勝藤伊勢吉等が中心となり現在地に社殿を造営し現在に至る。昭和16年八幡神社として創立許可される。無格社。昭和19年村社に列し、昭和21年宗教法人となった。
☆地名の由来
・紋別市:市内中央部を流れる藻鼈川(もべつ)を指すアイヌ語のモベッmo-pet[静かである・川]から。
・上渚滑町:アイヌ語の「ショーコツ」(滝壺)に由来し、渚滑川の上流域に位置するため「上」を冠している。
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