
伏古神社/北海道帯広市(Fushiko Jinja,Obihiro Hokkaido Japan)
2015年5月23日(土)、帯広市にある伏古神社(ふしこじんじゃ)に参拝。市街地にある中くらいの神社。近くに帯広地方卸売市場がある。白い鳥居、コンクリート参道。境内はエゾマツ、トドマツ、シラカバ、カシワなどの木が聳え立ち原生林のようだ。右に殉公碑、左に新しい手水社、その奥に新しい社務所。参道奥に焦げ茶色屋根の新しい社殿。手前に1対のカシワの木の巨木。
獅子狛犬は社殿の前に1対居た。
阿吽は正。岡崎現代型いや最新型だ。全体の形は似ているが、流れるような曲線でまとめられている。ウズが強調され、前足など細部が省略されている。吊り眼で、眼の縁や口中が赤い。阿像は玉を、吽像は子獅子を前足で守っている。奉納年は平成6年9月23日(1994年)。
-------------------ネットによると-----------------------------------------------
☆所在地
〒080-2461 帯広市西21条北1丁目1番地1号
☆祭神
・大國魂神(おおくにたまのかみ)
・大己貴神(おおなむちのかみ)
・少彦名神(すくなひこなのかみ)
・誉田別神(ほんだわけのかみ)
☆由緒
明治27年春、笹島助次郎・宮崎濁卑ら発起し村内に小祠を建立、後の大正2年9月、現在地を相し一祠を建立遷座したのが伏古神社の前身である。大正15年、村内にある社祠を合祀の議成り、現今の地に同年11月、社殿一切の造営を終り遷座祭を斎行。昭和6年9月に無格社、同8年には村社に列せられる。昭和15年、皇紀二千六百年記念として鳥居を建立した。昭和61年9月、現社殿の造営を終えた。平成14年、社務所を改築する。
☆地名の由来
・帯広市:アイヌ語のオペレペレケプ(河口がいくつにも分かれている川)がなまってオベリベリ、そして帯広(おびひろ)になったと考えられている。
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2015年5月23日(土)、帯広市にある伏古神社(ふしこじんじゃ)に参拝。市街地にある中くらいの神社。近くに帯広地方卸売市場がある。白い鳥居、コンクリート参道。境内はエゾマツ、トドマツ、シラカバ、カシワなどの木が聳え立ち原生林のようだ。右に殉公碑、左に新しい手水社、その奥に新しい社務所。参道奥に焦げ茶色屋根の新しい社殿。手前に1対のカシワの木の巨木。
獅子狛犬は社殿の前に1対居た。
阿吽は正。岡崎現代型いや最新型だ。全体の形は似ているが、流れるような曲線でまとめられている。ウズが強調され、前足など細部が省略されている。吊り眼で、眼の縁や口中が赤い。阿像は玉を、吽像は子獅子を前足で守っている。奉納年は平成6年9月23日(1994年)。
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☆所在地
〒080-2461 帯広市西21条北1丁目1番地1号
☆祭神
・大國魂神(おおくにたまのかみ)
・大己貴神(おおなむちのかみ)
・少彦名神(すくなひこなのかみ)
・誉田別神(ほんだわけのかみ)
☆由緒
明治27年春、笹島助次郎・宮崎濁卑ら発起し村内に小祠を建立、後の大正2年9月、現在地を相し一祠を建立遷座したのが伏古神社の前身である。大正15年、村内にある社祠を合祀の議成り、現今の地に同年11月、社殿一切の造営を終り遷座祭を斎行。昭和6年9月に無格社、同8年には村社に列せられる。昭和15年、皇紀二千六百年記念として鳥居を建立した。昭和61年9月、現社殿の造営を終えた。平成14年、社務所を改築する。
☆地名の由来
・帯広市:アイヌ語のオペレペレケプ(河口がいくつにも分かれている川)がなまってオベリベリ、そして帯広(おびひろ)になったと考えられている。
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