花鳥風月

生かされて行くもの達の美しさを見つめて,
ありのままの心で生きている日々の、
ふとした驚き、感動、希望、

白鳥は海の蒼、空の青にも 染まず漂う、、、、

2017-06-30 02:12:47 | Weblog

 

私は凡人だから、

東京大学出身とか、ハーバード大学出身とか

女性の議員さんとか、ヨーロッパの女性議員や首相になる人は

特別の脳を持った人だと、、、

無意識のうちで、区別してしまっている自分に気づく。

例えば、主人は医師の仕事に関してはプロであると認めているが、

家庭の事や、町内会の事や、ちょっとした買い物にしても、

およそ、、、プロとは思えない。

ある大雪の日の事であった。

表通りに面していない我が家の前は、

ほとんど除雪が来ないことが多い。

緊急の出動の多かった若き日には

プロのタクシーに来てもらっても

タイヤが滑ってしまい、除雪を余儀なくされる地区であった。

明日は、大切な手術日であり、

私は夜中に起きて、朝まで除雪をしていた。

明け方、少し仮眠をとり

気が付くと主人の出勤の時間だった。

あんなに完璧に除雪をしていても

又、、、雪が降って、タクシーが、坂になっている門前に

タイヤを滑らせて、停滞して進めなくなった。

手術日の主人は、焦っているのか、

窓越しに、私を呼ぶ

私はスコップを持って、

タイヤの前後を除雪して、ヘルパーをタイヤの前に埋め込むと、

タクシーは発車したが

一つ目の角で、又停滞した。

運転手さんが降りてきて、私の差し出したスコップで、除雪を始めると

お隣さんの御主人も、前の家の御主人も

手伝って、除雪に参加してくれました。

おかげで、車が本どうりにつながる角を曲がり切れて、

主人は、間に合ったからスタッフを待たせるような失礼にならなかったと、

手術を無事に遂行できたほっとしたと、

そのことだけを言ってたことがありました。

帰宅してから、たった一言の、ご苦労様もありません。

この次からは、

門の前から、角まで、車の幅だけの除雪が要るね!

今朝の大雪で、ヒヤリハットだよ!、、、と

自分の仕事の事で、頭がいっぱいである。

結婚の条件として

母は何回も、「雪かきを、一人でさせないでくださいね!」と

繰り返して念を押してくれていました。

生涯、、、患者様のお体に触れる手だからと

私は、外科医である主人に、

スコップを持たせたことはありません。

しかし、、、家内以外の方の好意で

雪にはまった車を出す時ぐらい

車から降りて、重量だけでも減らして、

分担が違う仕事であっても、

恐縮していると、態度や行動で示すだけの

客観性のある協力を示してほしかった。

 

私は、気まずくなるのを覚悟で主人に言いました。

「昨日から、手術の事ばかり言っているから、

私も、寝ないで除雪したのよ。

明け方仮眠している2時間ぐらいの間に、又降ったのよ!」

50年、私だけが雪を搔いてきたけれど、

雪掻きって、大変なのよ!

ご近所の方が、除雪に加わってくれた時、

何で、車から降りて、あなたも手伝わないのよ!

車を皆で押してくれているんだから、

発信で来て、角を曲がるまで、車を降りて、

発進し始めたら、皆さんに

「ありがとうございました!おかげで間に合います!」と

挨拶してから、車に乗ったらどうなのよ!?」

「患者さんの事で頭がいっぱいで、早く発進しないかと、

イライラしていて、、、車降りることなんか、頭に浮かばなかったョ!」

。。。。。。+++++++。。。。。。

礼儀違反よね!手伝ってくれてる人たちに

悪いとおもわなかったの?

(;;   (++!    (==

医者って、、、お偉いのね、、、御偉いのかな?

鈍感力なのかな?

私は、その分、お礼を言って、頭ペコペコ下げて、、、

「すみません、、、主人が、、、降りるという事に気が付かなくって、、、!」

平謝りしたのよ!!!

その日は、お互いに無口な一日でした。

私の、兄は、内科の医師ですが、

私たちが、まずは入らないような

こだわりのレストランにボトルを置いてあり

無理やり、付き合わされることがあります。

其処には、何やら、、、こだわりの絵がかかっていました。

ウェイターを呼んでは「この絵は何を表してるんだね?」

私たちの前で、若いウエイターは、答えられなくて

真っ赤になって立ち往生してしまいました。

普通なら、、、

「いいんだよ、わからないなら、、、次に来たときにおしえてくれれば、、」

これが、普通の人の会話でしょう!?

内科医の兄は、、、違うんですよね!

「上司には、わかる人が居るはずだから、、、

探して来てくれたまえ。

説明してほしい客が来ているからと言えば

来てくれるから、君も一緒に聞いておいて、覚えておけば

職場のプロになれるよ、、、!」

結局、彼女は真っ赤になって、上司を呼んできました。

上司は、実に丁寧に、絵の由緒と表現されている意味を

歴史的に話してくれました。

フランスのワインを、戦争から守った絵でした。

昭和天皇陛下が、ヨーロッパで入られたレストランのワインが

戦後、土の中から、

泥がついたまま

再び平和な時代に

掘り起こされたという。

そのワインを、主人の昇進の時

飲ませたかったのだと言った。

、、、、、**************

気持ちは解らないでもないが、

折角の会食の時

ひとりの若い未熟な年齢のウエイターが

恥をかかされたことに

私は心が傷ついたのではと、思うと、、、

ワインをおいしく飲めなかった。

兄貴が支払ってくれるのですから、

一生に一度くらいは、

高級レストランに入ったことは後悔しませんでしたが

次に、主人が、ある、、、快挙を飛ばしたとき、

再び「夫婦で、来てください。」と封書が来た。

私は、

上の者も、下の者も、平等に気楽な楽しい席でないと

ストレスを。もらってしまう方なので、

次の時は参加しませんでした。

医者同士集まれば、盛り上がるでしょうから、

主人には、兄の顔を立ててくださいと、

ひとりで参加してもらった.

当日は、

弟二人と、兄夫婦と主人と、兄の友人の開業医のご夫妻が

何やら、公共薀蓄を話しながら、

ワインを楽しんだと聞きました。

医師はストレスがたまる職業らしく、

身分不相応な高級感のある時間に

散財することで、ストレスを解消するらしい。

赤提灯では、開業している友人夫妻が来てくれないのは

安いからではないと言った。

皆、入院患者や、勤務してくれている職員の家族が

双肩にかかっているから、

私様的な振る舞いで、せっぱつまったストレスを放出するようだ。

自分が死んだら、従業員の家族が生活に困窮すると

責任を感じて、苦しいらしい。

自分自身のみならず、お呼びしたDrの事も

セキュリティ万全に考えるらしい。

セキュリティ第一に考えて、

後は、相手の自尊心を考えると、

医師のアルバイトの時間給よりは

高級な接待の出来るところを選ぶことで

相手に、「時間をロスした」と感じさせないことが

定期的に、医学情報の交換にもなるらしいと

主人は、「贅沢をしたり、

イイ振りコクという、幼い視点は辞めてくれ。」という。

「お前さんのような、家庭内の事とだけ、ちまちま考えているのは

二等兵と同じだから、私様に批判的な気持ちで接するな!」

(^^!*******************

兄貴は、50歳代で未亡人になった母が

世間から、元医師の奥さんが、可愛そうね、、、と

同情されるような肩身の狭い思いをしないように

母のピアノのお弟子さんに影響が行かないようにと

母が80歳になるまで、父の開業の後を引き継いで

一日150人の患者さんを継続して診療していた。

母が80歳で亡くなる前後に

「お前には、感謝している、、、ありがとう、、、

開業を、今まで引き継いでくれたけれど、、、

今度は、医師としての、自分の人生を歩きなさい。」

日頃から、合流するはずの主人が

札幌市の病院で生涯勤務した事もあり、

兄は母の死後、勤務医になった。

性格は、穏やかになったが

お金には困るようになり

勤務しながら、開業時代の仲間の医師との会合を

少しづつ減らしていった。

医師会にも出なくなっていった。

最終的には、医師になった息子も

自立して出て行ったようだ。

私は、兄の娘の結婚式には、我が家からは

息子たちが出席した。

兄が継いだはずの父のクリニックは

二束三文で売られた後、

開業をやめていたので、税金の支払いの為に

残金は5000万ほどであったという、

当時の事務長さんの退職金を支払うと

施設に入るのがやっとの顛末であった。

兄弟姉妹は、皆で出し合って、後々の法事を行い

世代交代は終わった。

私は、蚊帳の外に居て、思ったことは、

父の開業を、継続させようと、継続は辞めてしまおうと、

医師の財産は「医師である本人の能力である」

開業状態であれば、銀行も、税金も、開業が継続できる枠で配慮される。

閉院となると、経営のピークの時でなければ出来ないと感じた。

閉院は、お金がかかるという見本を、兄の閉院で勉強した。

従業員への退職金。

薬や、医療機械や、リースの全額の整理

医師会への退会、勤務医師会への加入、、、

23人分の職員への退職金以外の、感謝のお別れ会、

息子や娘への、独立の切り離し、、、

医療施設の不動産処分。

父の時代からの譲り受けの東京の不動産の税金は

閉院、した後売ったのですから

支払いきれない現金の税金が来るそうです。

査定は高くても、結果はマイナスで、

兄弟には、父の遺産の分配どころか、、、

理解できない結果だった。

結局、、、医師は、一代であり、、、その能力も、財産も

閉院してしまっては、

誰も継ぐことが出来ない仕組みになっているとわかった。

つまり、、、、医師であるという能力と、

多くの従業員に「仕事を与えられる経営をしている」

その家族の生計を支えているという

開業の建物が、世間の共有物化のように評価されていたのだった。

閉院は、銀行の融資もストップする、

日進月歩の医療機械のリースや、買い取りの残金は

即日請求される。薬も、事務雑貨も、一括で支払う。

閉院は、一個人の勤務医の誕生であるからして

その、、、お産には、、、全力で当たっても、

マイナス会計が残る。

今思えば、自分の身だけ考えればよいサラリーマンの我が家が

兄の苦労を考えられなかったことに、

おのずからの未熟を感じます。

晩年、しばらくの間は勤務して、穏やかになった性格を

私も、ほっとして観ていましたが、

勤務のデビューが遅かっただけに、

晩年は、普通の常識人の中に入って、

ひとりの老人として、質素にならざるを得ない毎日に

順応できるかどうか?、、、心配です。

兄のおかげで、未亡人だった母は

80歳過ぎるまで、

クリニックの先生のお母様という守られた立場で

生涯現役で「ピアノを教授して、音楽大学にも弟子が進学し、

「四葉会」という、母のコンサートグループは

毎年、母校の国立から、生徒を迎え、コンサートを開いていた。」

もし、、、兄が、父の後を継いでくれていなかったら、、、?

年老いた母は、ピアノのお弟子さんを50人以上も抱えて

閉院という、、、津波にのみこまれたかもしれないと思うと、

守られていたのは、、、誰だったか?

世間様への未亡人になった母の「ステータス」を維持してくれたのは

実は兄だったのだと、、、、何十年も経ってからわかった事である。

私様!俺様!、、、蚊帳の祖手で批判する前に

この頑強なネジが外れたら、、、桶屋が困る、、、と。

私は、人格欠損に見える優秀な人の舌足らずが、、、

「黙って従え!この!低能!、、、と、兄から言われた若き日を

思い出すのです。」

「頭にきた、、、父の死んだ日の、、、全面放棄を迫られたあの日!」

全ての相続放棄の印鑑を、兄嫁が請求してきたとき、反論した私に

国語が苦手な兄は、初めは説明してくれていたが

質問する私に、イライラして、

最終的に「この低能!」

妹にだって言っていい事と悪いことはあるでしょう!

あれっきり、、、ハンコを押して以来

「お前が医師と結婚して、この父の残したクリニックを継ぐなら

ハンコは、戻してやる。」

兄は「鬼」になった!

兄嫁の事を、「様」を付けて呼ぶように!

従業員に、誰がトップなのか、お前の呼び方で解らせよ!」

「鬼の兄貴に変身した。」

振り返れば、、、鬼になったり、非人格的な言葉を吐くとき

人は、、、力以上の責任に押しつぶされそうなのに

回りからは嫉妬や足引っ張りの分け前などの圧力を感じるとき

「手助けの、、、力のある相棒が欲しいよう~~~」と

涙ながらの心が叫んでいたのではなかろうか?

敗戦の後、岸首相が、、吉田首相が、、、万感の思いであったろうが

戦勝国の、アメリカや、ロシアの狭間で

日本の存続を考えたに違いない。

当然、敗戦の日本国民は、全てをご無理、、、ごもっとも、、、とは行かない。

まず!!国民の教育が、目指せ東大!目指せ京大、、阪大、、、九大、、、。

インテリの増えた日本は、、、教育が宝かもしれません。

しかし、、、教育という「大いなる財産は、本人一代です。

大いなる教育の遺産は日進月歩という教育の現場では

時代を背負う若者の本人の「やる気」「気付き」にかかている。

色々なことがあって、

我が家も、老後の主人のステータスを守るのには

私がもっと賢くならねばと反省しています。

日本の政治家の何十人もの人が、韓国や台湾や、他国との混血だと

Uーチューブでは、本当なのか?デマなのか?、、、

P.Cをかけっぱなしで炊事をしていると、ビックリコンの放送が入る。

「日本人以外の視点」が、多いほど、8次元の画面のように

リアルな国会になるのかもしれないが、

日本が世界と協力し協調しながら、

唯一の

原爆の被災国であるという

「戦争の破壊」「人間の元素化」を体験した事を

「人類の破壊」と危惧して

いかなる国にも、核戦争の罪を犯させない堤防になる事を

国会議員の国籍を超えて、平和への経済システムを考えてほしいものです。

小さな開業の閉院が、経済的にはゼロ以下の苦しみになりましたが

世間の中の、何気ない一市民として、

マーケットの半額の時間に買い物をしながら、

全体の中の自分に気が付くとき、

大切なのは、国会の派閥闘争の票の奪い合いではなくて

蓮舫さんも、豊田さんも、もう一人の自衛隊問題発言の女性議員も

ヒステリーを起こしたくなる気持ちはわかりますが、

結束して、日本にミサイルが飛んでこない政治をお願いします。

呉越同舟、、、団結して、日本人の東京、日本の本土に

多くの留学生や、観光客をいざなう。世界のお母さんになって、

孫子の時代は、世界のあっちこっちで日本人が必要とされて

世界中に「居場所のある政治」

世界に溶け込んで、「戦争は経済の流れを変えないと防げないと思いました。」

これは、政治音痴の一主婦の直感ですが、

いかなる国も、戦争で、潤うようでは、

戦争は終わらないという事ではないでしょうか?

又、、、

世界中教育を無料にして、

早く、教育程度を均一にして、

豊田さんが、、、バカ!という言葉を言えなくなるほど

豊田さんクラスの頭脳の運転手さんと、上下なく組み合わせて

淑女のまま、日本にくけん出来るような、

頭脳ハンティングの後の組み合わせに

人使いの「ピーポイント」があるのではなかろうか?

兄は、医師の弟には「紳士の言葉でせっしている。」

自分の助けになるのは有能者しかいないと思っている人間が

要職についている場合が考えられるからです。

こういう「人格の、、、あっち向いてホイ!」の人の能力を

社会に貢献させるのには、組み合わせが肝心だと痛感します。

兄は、弟には、、、口が裂けても、、、私に言ったように、、、

「人に向かってテイノウ」などとは言いませんからね!」

私は、、、それ以来、、、兄のイベントには参加しないように、

自分のストレスを解消することで、

兄を憎まないように気を付けています。

*****************************

自分の家庭だけ考えれば

よい立場だった私かもしれない

私は、肩のこる集会は疲れるので、

主人とは

近所のそばやが性に合っている。

たまには、孫たちを誘って、回転寿司に行くことが、

最高のたのしみになっている。

私の身の回りには、、、結構な地位の人が通りすぎてゆく人生でした。

豊田議員の女性ながらに、議員職を務めることは

並大抵のことではないのだな~~~~と思いました。

東大出て、ハーバード出て、、私様と表現しながら

一分一秒を仕事に没頭できるなんて、、、凄い女性が居るものだと思った。

政治の世界は、、、普通の人は勤まらないでしょうねきっと。

優秀な彼女が、阿修羅のように睨んでいる政治の裏側が

TVで、何回も放送されるのを聴きながら、

政治の派閥闘争には、

マイナス要素をさらけ出してしまったのではないですか?

もし、、、

平和に見える日本が、

これほど、

イタコ一枚下地獄のピンチに居るのなら、

豊田議員が、

人間性はともかくとして、

ハーバードや、東大の頭脳が

もっと、スムースに、日本に貢献できるような

良い面だけ、日本の為に奉仕できるような

したたかな頭脳の秘書さんと組み合わせるとか

相乗作用を考えるわけには、、、行かなかったのでしょうかね。

政治音痴の私には、

頭の良すぎる人は、一歩間違えると

両刃の剣のように、、、、コンニャクの切れない

斬鉄剣かもしれませんよね。

怒鳴りあっていないで、

ミサイルの飛んでる日本海の事を考えて、

国防第一の投票を、国民は考えています。

今は、、、国防でしょうね。

内輪もめは、ひとまず、、、敵の作戦の罠に落ちると考えて

日本は団結してください。

明日がわからない70過ぎた昭和10年代の生まれの者には

戦争だけは、、、避けてくださいと祈るばかりです。

運転手さんも、ビックリでしょうが、

ライオンや、豹や、猛獣並の頭脳の人間は

女性でも、男性でも、吠える、噛みつく、たたく、、、

猛獣に、吠えるなというのは、、、無理であるがごとく

私たちの扱いで

習性を研究しないと、、、、ズタズタになるのは困りますよね。

でも、、、、サーカスのような、世界の国々の狭間で

桶狭間の戦い並の、、、多勢に無勢、、、にならないように

猛獣のような人の、

稀有な能力を必要としている

ピンチが来ているのなら

全てを含めて、使いこなせる組み合わせで、

サーカスのような綱渡りをするしかないのかもしれませんね。

どうか、、、孫子の時代に平和を祈っています。

これは、、、公開していない、親族や親友だけが読んでくれる

私の日記帳です。

政治には、とんと、、、音痴な私ですが、

足の引っ張り合いは、、、やめてほしいと願っています。

他国の血が入っていようと

国会議員は日本の宝の頭脳です

日本の国を8次元の視点で見て、

円卓を囲んで、

ミサイルの飛んでこない、平和な永久平和国に向かって

世界経済の流れを地球温暖化防止に向けて誘えるように

核戦争の悲惨を、平和への地球の元気に置き換えてください。

 

 

 

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 昭和44年から49年目の北... | トップ | 美は力なり »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Weblog」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。