花鳥風月

生かされて行くもの達の美しさを見つめて,
ありのままの心で生きている日々の、
ふとした驚き、感動、希望、

久々の、、東京散歩

2016-11-08 08:39:42 | Weblog

4日は卒業した大学が、金メダルを獲得したオリンピック選手を祝福するイベントのある
同窓会を開くというので、真夜中にネットでヒコーキとホテルと予約した。

いざ東京に着くと、温かい最適温度のペーブメントを

久々に ハイヒールで歩いた。

背筋がピンと伸びて、若返って、

旧友に逢えるのを楽しみにホテルに向かった。

カウンターで、

「昨日、、、と言うより、、、深夜ネットで予約したのですが、、、」

受け入れの、返信メールもいただいているので、

その旨を説明していた。

ところが。

カウンターには連絡が来ていない。

怪訝そうに、首をかしげるカウンターボーイは

むしろ常識人であると思った。

72歳の老婆が、

真夜中にネットでホテルを直前予約し

エアドウの翼で、飛んできた?

信じられないのは、当たり前だと、

ピーンときた。

万一の為にと、

返信メールのパソコン画面を

携帯に撮影保存しておいた。

頃合いを見てから、

「実は、いただいた返信メールの画面です。」と

携帯のSDカードから、取り出して、

「ほらね!?」と見てもらった。

カウンターボーイは、

「本当だ?失礼いたしました。」笑顔になり

鍵を呉れました。

無事に部屋にくつろぎ

いつの間にか寝てしまった。

**********************************************


そして、、、目が覚めたのはもう、、、夜。

東京に、何をしに来たのか?、、、て?

*****************************************
イベントが終わったら、

暇が有ったら、お茶しようよ、、、

ずいぶん前に、東京に、、、行くかも、、、と。

お喋りしていた。

覚えていてくれた。やはり!!!血は水よりも濃い!

駅のロータリーまで

夫婦で迎えに来てくれた。

懐かしい兄弟の家を訪問して、

家の近くに、築地の板さんをしていたという

お爺さんが店を開いているというので、

連れて行っていただいた。

紅葉の季節に合わせた和紙の敷紙は

さすが、築地の板さんだったという季節感あるおもてなし。

カウンターで、定番の店おすすめのメニュウから

選んでいただいて、ごちそうになった。

てひねりの器が、マグロを泳がせているかのようだ。

実は、思い立っての訪問で、

兄弟の家なので、

訪問する途中、ドンクのパン屋が有ったので、

一種類づつ、紙袋に満載に買って、

大きなバケットと小さいのを、袋からはみ出させて

訪問した。

パンはパンとして、

奥さんは、笑いながら、奥にしまった。

遠路来てくれたんだから、、、と、いうわけで、、

いつも行く、うまい店に連れて行ってくれた。

昨日は寝てしまい、目的が夢の中で終わったが、

同窓会という、巨大な推進力が無かったら、

東京には来てないはず。

(^^!

しかし、、、雪囲いを終わらせ、真夜中にネットで契約して、

疲れたままの東京入りと、

久々のハイヒールが、ホテルに着くやいなや

爆睡のポカをするほど、

睡眠不足を自覚できない、無茶な計画でした。

若いつもりでも、昔のように、、、徹夜はヤバい。

そのおかげで、スタミナ回復し、

目的も義務も家事もない、、、シングルの部屋の窓からは

のんびりとした、、、空。

兄弟にも会えた。

翌日は、

偶然東京に仕事で来ていた息子にも会えた。

息子が学生時代に

暇があると行ったという

秋葉原の電気街に行ってみた。

ヨドバシカメラの、懐かしいビルには

巨大な本屋が有ったのだが

今は無くなっていて、

ネットの読み放題の電子本がふきゅうしているのだな~~~と

活字の好きな、昭和生まれの私は寂しかった。

パソコンや、新しいバージョンを追いかけていた息子も、

家電ショップの階で、

巨大化した洗濯機を見つめていた。

中学時代は、抜身の名刀のような、ひらめきの少年だったが、

大好きな、吹奏楽も、ピアノも忘れて、

人生の岐路で、無心な、仕事だけの

大人をしていた。

良いじゃないの、、、居場所を見つけたのだから、、、。

最高でしょう!

「かあさん、、、自分の居場所確保の戦いは

一生続くし、選ばれてゆくには、

競争相手は、生まれも、育ちも怪獣クラスのライバルだし、、

男一匹、一生戦いで、

家庭も、持ちたいが、、、

嫁さんを探すデートの暇がない、、、と、ぼやく。

家庭があると、仕事以外の発想の会話があるから、

仕事面にも、

気付かないうちに役立つ視点ができるのにね~~~と

婆になったママは、

他人事のように笑って答えた。

この子が、名門のJ医科大に合格した時、

学生時代は友達にも恵まれて、

北海道の実家にも、泊まりに来てくれた。

卒業してから、医師免許を、取得するやいなや、

学ぶことがてんこ盛りで、

東京育ちの、人捌きの上手な常識が付くまで

とにかく、、マイペースで

何事も体験していた。

やがて、社会のシステムもわかってくるころには

役割を果たすことだけに明け暮れているうちに

いつしか40歳を超えていた。

30代のころは、私も紹介されるたびに、婚活に誠実に応対していた。

家庭主婦になって、閉じこもるには惜しいという

才媛の30歳を過ぎた美形の仕事のプロの女性が

何人か紹介された。

従兄弟だから、遺伝子の近いだけに

女性としては認識しなかったが、

彼女は、東大生と結婚し

二国籍を持つ子の母になっていた。

中学校のころは、

家族ぐるみで、旅行もした。

デパートで、ケーキを30個も買って

妹さんと、ケーキ大好き家族と

ワイワイ騒いだよね!

しかし、人生の剣ヶ峰ともいえる男30代後半は

デートの応じる時間は自由にならない状況に居た。

40歳過ぎて、

多少の時間なら、

一か月前とかに予定を入れれば

何とかなる地位に来た。

これからは、

家庭に入って幸せを感じられるタイプの女性が

きっと現れてくれると、信じている。

医師の多くの人たちは

時間貧乏だと思うのです。

時間を確保できる年代が40歳過ぎと言う場合、

出会いはきっとこれからだと思うのですよ。

勤務医は、

自営の方のように、

お金持ちではありませんが、

中級のサラリーは、保証されていますから、

自立した精神の

思いやりのできる女性なら、

一見わがままに

仕事にのめりこむ

医師と言う責任を持っているチームの役割を

理解してくれると
 
信じたい。

確かに、、

医師の相棒を担当する奥さんと言う立場は

「愛」と表現される

甘いものはないかもしれない。

男の子を育てる母のように、

社会に生きてゆけることそのものを

幸せと理解する謙虚さが要ることに気が付くだろう。

それほどに、、命を相手の仕事は

仕事が優先される。

社会に還すことのできる状態が

夫婦二人で生きることだから。

日進月歩の医学の進むなかで、

学門だけではない、

先代や、、、そのまた先代、、、の

受け継がれた「医師のセンスや、ひらめきのような、、」

その日、その時の経験のもたらす実践から、

論文には表現できない、

患者さんの人生を、環境を、精神を含めた

総合的な時間を機敏な判断で

科学してゆくジャンルの仕事だと

つくづく思うのです。

お金のある人たちと誤解されることも多い。

私自身、2歳の時

医師の父、ピアニストの母

戦後の困窮時代に

疎開地で、町営の開業を任された医師の父は、

ドクトルジバゴほどではないが、

総合病院の、院長だった立場から

戦火の中、全てを失い、

疎開地の町営の医療施設を任されていた。

物心ついたときは、

町民から、、、神様のように信頼されて

頼られて、私からは、輝いて見えた。

「お父さんは、、、医師をやめているんだよ。。。

だから、皆、頼ってくるんだよ、、、」

戦争にも行った。

戦陣外科を体で覚えて帰還できた。

歌舞伎門のような育った実家の門は

東京の市谷の屋敷町だった。

戦火で跡形もなくなった跡地には

高層MSが建つ。

新宿から代田橋まであった土地は

国の物となった。

医師になっていた、、、これは宝でした。

疎開地では、娘の私は妬まれるほど

父は、町民のスターのようにもてていた。



社会全体から、仕事をするための理解も協力も必要な地域性もある。

力も評価され、地域に貢献する立場も理解され、

大学から任された、仕事を果たすのには、

占領地の大学の西洋医学の教授もした。

その国には、、、外科の医局もなかった。

イギリス医学の外科を取得していた父は

西洋医学の外科の指導者として

戦地の至近の大学に赴任して

命を捧げ国に奉公することに、、、

当時の医師は、無心に従った。

戦争がはげしくなり、

父自らも、千人針、寄せ書きの字で埋まった旗、

奉公袋、バッチなど、、、

男の子には譲りたくないと、

母は、私に持たせて、嫁に出した。

医師でなかったら、、、

多分、、、生き残ってはいなかっただろう、、、

ポツリ、、、と

無口な父が言った事を忘れられなかった。

母は、3人の子供を戦時中に失っていた。

しかし、、、母にはピアノという

分身が有った。

戦争で、無茶をした父は、、54歳で

この世を去った。

未亡人の母は80歳過ぎるまで

ピアノと生きた。

弟子の中からは

音楽大学に進んだ人もいた。

形見のグランドピアノは

弟子の一人が受け取った。

医師の奥さんは、弱い人では、自分が困るだろう。

風評被害で、訳の分からないところに

出費の必要も多い。

二歳の時

私は、大やけどをしている。

7回の手術で植皮をして完治しているが

やけどのおかげで、

京都大学に入院で来て、

京都をくまなく楽しめた。

当時の名医の誉れの高い先生で

近藤先生とも、家族ぐるみの知り合いになれた。

最後の完治のzカットは

形成外科では日本に技術が紹介されたばかりのオペでした。

警察病院の大森先生が執刀してくださり

長い長い火傷との戦いは

私の勝ちでした。

私が、割に合わない孤独の立場が解っていても

家なし、車なし、奨学金満タン返済中の外科医と出会い

戦場に行く相棒の兵士になったつもりで、

無給医の妻になったのは、

意志と言うより、

早逝した父が、帰ってくるようだと、

母が、希望に輝いた瞳をしたからでした。

独身を通すか、

仕事を第一に理解を示して、

協力して呉れる女性でせいでないと、

「私を見て!」という、

寂しがり屋の女性は

「命を左右する瞬間に居る」医師の仕事の前には

いない方がいい、、と。

俺俺俺の彼だから、、、お母さんが決め手ください。

未亡人の母を幸せにしてくれる娘の結婚なら

私は、母の選ぶ人なら異存はなかった。

しかし、、、外科医の妻と言うのは

愛は要らない世界かもしれない。、

女性の自己顕示力は、逢えなく破れ、、、孤独になるだろう、、、。

息子は外科医のように、

チームにささげた時間に生きる科ではないから、

医者の中では、時間に恵まれた科である。

奥さんは、土日は家庭ができるはず。

料理の好きな、掃除の行き届いた、洗濯の好きな

聞き上手な女性が、最高だけれども、

そのような、絵にかいたような奥さんタイプの女性が

現代のスマホ時代に居るわけがないから。

子供の好きな人であればいい。

かといって、女医さんのような、ピアニストのような、

誰が見てもプロの仕事人の女性は、

お金持ちのスポンサーになれる男でなければ

旦那は勤まらないでしょうね。

究極のサザエさん漫画の

マスオさんのような、

天然の泳ぎ方のできる空気が無いと

対等の女性は、、、多分、、、手におえないでしょうね。

医者になりたての頃は、

息子は、素敵でしたよ。

スリムで、、、。

眩しいような輝きを感じた。

ところが、仕事がPCの前に座る事も多くて

40を過ぎた医師の独身は、

太鼓腹!

後天的太鼓腹!

ひ爺ちゃんの父にあたる人は

剣道五段!

宮内庁に勤務の

輝く凛としたスタイルの武士道?ありきの魂の先祖。

奥さんになる人次第で

スリムなきりっとしたスタイルに戻せるはず。


**************************

本人は時間貧乏なだけに、、、

車を運転できる、行動力のある人が良いと願っているが、

条件と結婚したいとは思っているわけではありません。

船頭になって、家庭の事は任せて!と言うような

社会の現場の行動力が要ってくる。

素養は必要だ。

だって、、、家も、車も、

結婚相手と相談してから買うという気持らしい。

一般社会の常識的なことに疎い

専門バカなところのある旦那に

指図や命令は、、、受け付けないだろうから、

旭山動物園の、かっての名著の

「動物と向き合う」センスが、女性の方にも必要だ。

我と、思われる方が、

「あなたの息子さんはひきうけました!
3年かけて、お腹もひっこめさせて、

引退した外人さんの力士のように、ハンサムなスタイルに戻します!」

夢の中に、、、未来の、お嫁さんが現れて、

息子を二人の世界に連れて行ってくれないかと、

すわり仕事の、おなじみの「医師の体型」になった

40歳を過ぎた、愛すべき愚息の為にも

医者としては、、サラブレッドの血を持った遺伝子を

輪廻転生、、、未来まで

永遠に運んでくれる船の女性が現れてくれると、

きっと、又、世の中に役立つ男の子や女の子が

育つこと、、、請け合いです。

72歳になったから、自分の事を考えなくては

心まで、年をとりたくありません。

お嫁さんに、息子を任せれば、

息子の事は、、、考えなくて良い日が

くるのにね~~~

気持ちは少年のように若く

若いまま、

社会の人ごみにのまれてゆくのを

どうすることもしてあげれない、、、

72歳の、、、私なのです。

久々の、銀座の一日は楽しかったね!

愉しかった、独身気分満々の

息子との一日は、、、私が若返った。

根っこにあるサラブレッドの血は

まだまだ、往ける!

日本中の独身女性の、真実を見抜き、育てることのできるあなた!

一見、、、むさくるしいしゃれっ気のない独身40過ぎの男。

珠磨かざれば、光なし。

医師としての実力も、行動力も、

アブラの乗り切る40歳代!

男として、、、甦らせるのは、あなたです!

この時出逢う女性は、、、、きっと神が決めた本命と信じて

魂の輝きが、

あらゆる苦難を押しのけて、

未来に、サラブレッドの遺伝子を運ぶことを信じたい。

**********************************

医者であることが、

未来に遺伝子を運んでくれる女性と

一体になったとき

命の輝きと、

命を見つめる職業とが

同時に完成に向かうだろう。

価値観のベクトルが、合力になって強くなるとき、

人は、、、幸せを手に入れると、信じたい。

意識しないで、世の中に役立ってゆくだろう!!

*******************************

私こそ、あなたの息子さんを、

磨き上げて、

幸せにできますと言うあなた!



メール、は、お返事しませんが、

アドバイス下されば、

謹んで読ませていただき、

72歳からの手習いで、今どきの女性心理を

学習したいと思っています。

そして、、、たったお一人にだけ、

感謝のメールのお返事をいたしましょう。

ご縁があるとうれしいのですが、、、

72歳の私には、

お約束はしない年齢になりました。

聖書の話の中には、晩婚の医師の話も出てきますね。(^^



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