トーマス・クーン解体新書

トーマス・クーン『科学革命の構造』の徹底的批判

クワイン-クーン・ウェブとアンダーソン-田崎・ウェブ(2)

2017年07月10日 | 日記・エッセイ・コラム
 クワインが「二つのドグマ」論文でホーリズムを唱えた元々の「信念のウェブ」(WEB OF BELIEF)は、クワイン自身の言葉で
「地理や歴史についてのごくありふれた事柄から、原子物理学、さらには純粋数学や論理に属する極めて深遠な法則に至るまで、われわれのいわゆる知識や信念の総体は、周縁に沿ってのみ経験と接する人工の構築物である。あるいは、別の比喩を用いれば、科学全体は、その境界条件が経験である力の場のようなものである」
というものでした。「二つのドグマ」論文が着想された時点では、クワインはデュエム・テーゼを知らなかったそうですから、元々のクワインのウェブを構築する信念(知識)を表す無数の命題の間のつながりは、「分析的命題と総合的命題がはっきりと区別できる」とするドグマと「還元主義」のドグマという論理実証主義の二つのドグマを否定する結果として生じたものでした。理屈の上では(論理的観点からは)確かにそうしたホーリズムが生じるのでしょう。しかし、現実的には、クレオパトラの鼻についての命題とヘリウム原子についての命題とのつながりは安全に無視できるでしょうから、自然科学論にかかずらう我々としては、この際、自然科学的命題の集まりのウェブに話を限定して、具体的に考えることにしましょう。
 クワインは、「二つのドグマ」論文で、「信念のウェブ」と折り合いのつかない経験が現れた時には、それがどのような命題であれ、ウェブの他の部分に抜本的な変更をすれば、何が起ころうとも、当の命題を真とみなすようにすることができると主張しました。クワインの語り口は、「信念のウェブ」はホーリスミックに、全体として、十分の柔軟性があるので、どんな経験的事態に直面しても、ウェブの中に取り込むのは難しくない、という印象を与えるものでした。この語り口はクーンの『科学革命の構造』(SSR)にはっきりと影を落としている事については、前回のブログ記事で論じましたが、そこで説明したように、クーンの科学革命論はオリジナルなクワイン・ウェブと相性がよくないのです。前回では、クワイン-クーン・ウェブをパッチワーク・キルトと形容しましたが、考えてみるとあまり適切な形容ではありません。具体的に考え直してみます。
 ニュートン力学、熱力学、マクスウェル電磁力学、それにアインシュタイン相対性力学と非相対性量子力学が、クワイン-クーン・ウェブの中でどのような地位を占めているかを考えてみることにします。ニュートンの「プリンキピア」は1687年、ラグランジュの「解析力学」は1788年の出版、大まかに言って、この100年間がニュートン力学(古典力学)の通常科学の期間ということになります。しかし、熱現象や電気時期現象はニュートン力学パラダイムの枠外の経験事実ですから、別のパラダイムを創立することが必要でした。熱力学は1850年〜1870年頃に大体の形が出来上がります。マクスウェルの電磁力学は1870年〜1880年頃に出来上がります。アインシュタインの相対性力学は1905年、非相対性量子力学は1925年の生まれです。クーンのSSRによれば、ニュートン力学パラダイムからアインシュタイン力学パラダイムへの変革は「科学革命」であり、前者が誤っているという認識があって初めて後者が受け入れられることになっていますが、一方、革命を挟む二つの競合するパラダイムは「通約不可能」の関係にあり、どちらが正しいかを判定する中立的な足場は存在しないというのがSSRの主張です。
 では、現時点でのクワイン-クーン・ウェブの中にニュートン力学パラダイムとアインシュタイン力学パラダイムの両方とも含まれているのでしょうか? それとも
誤りと判断されたニュートン力学パラダイムは姿を消しているのでしょうか?
 知識(信念)のウェブを問題にしているのですから、答えは、勿論、「ニュートン力学パラダイムとアインシュタイン力学パラダイムの両方とも含まれている」です。大陸間弾道弾一つを考えてみても、ニュートン力学は、我々の現役バリバリの物理学的信念ですから。しかし、この二つのパラダイムの間には「通約不可能性」という切れ目、つまり、縫い目(seam)どころか断絶があることになります。ですから、こうした「信念のウェブ」にふさわしい形容はパッチワーク・キルトではなく、ズタズタに切れ目が入った綴れ錦ということになりましょう。
 クワイン-クーン・ウェブの悪口はこの位にして、本題のアンダーソン-田崎・ウェブの話に移ります。自然科学的知識(信念)のウェブが周辺で出会う経験には、ウェブの中の命題(あるいは命題の集合)の内容と合致するものと矛盾するものがあり、ウェブの中に収容されるのを頑強に拒否する新しい経験事実をどう処理するかが、クワインの関心事でした。しかし、ウェブが周辺で出会う経験には、そのほかに、ウェブの中にそれに関する命題がないと思われる新しい経験事実もあるはずです。普通の言葉で言えば、新しい現象や事物の発見、発明がそれです。X線の発見は、クーンのSSRでは、彼の定義による科学革命(新旧のパラダイムの間の競合を伴う)と見做されていますが、これは、ペニシリンの発見と同じような、新しい事実の発見として知識のウェブに組み込まれたと考える方が穏当です。ウランの核分裂の発見についても、事情は同じです。X線の発見とウランの核分裂の発見については、拙著『トーマス・クーン解体新書』で詳しく論じました。私が、ここで、最も強く注意を喚起したいのは、クワインに端を発する「信念のウェブ」論で全く問題にされていない「ウェブの中の命題と合致する経験」の役割と意義です。つまり、既存の知識(信念)を確証する無数の経験の存在です。
 我々の「信念のウェブ」の中には“陽はまた昇る”という信念があります。ヒュームは「大昔から今日まで毎朝必ず陽が昇ったにしても、明朝もまた陽が昇る保証はない」と言いますが、太古と現代では自然科学的知識(信念)のウェブの内部構造が違います。“陽はまた昇る”という信念は地球の自転についての信念と密接に結びついているわけですが、この地球の自転という事柄に関連する無数の命題が現在の自然科学的知識のウェブの中に存在して、相互に密接なネットワークを作り上げています。その全体性から、明日の朝もまた“陽はまた昇る”という信念を非常に確実性の高いものと判断することになります。これも一種のホーリズムに違いありません。
 こうした自然科学的知識の蓄積性と安定性(永続性)は、あまりにも明白な歴史的事実ですから、これに真っ向から異を唱えたクーンのSSRが学問の世界にあれほどの騒乱を巻き起こしたか、その真の理由を探索したくなりますが、この問題はまた別に取り上げたいものです。
 自然科学的知識の安定性を、私は拙著『トーマス・クーン解体新書』の第3章で論じました。その3-8 の終わり近くに、ハッキング(I. Hacking)の注目すべき発言を引用しました。それを含む部分をコピーします:
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これまで述べてきた科学理論や知識は,新しいものでも既に数十年の安定性を実証し、他は数百年も千年も安定した生命を保っている。自然科学者は今後いつまでもこの状態が続くと思っている。言うまでもない事だが、人間の論理も立論も成熟した理論の安定の永遠性を証明することは出来ない。しかし、多くの成熟した理論が安定して機能を続けているという圧倒的な歴史的事実を否定する事もまた不可能である。
 科学知識の永久性という概念は、深甚な意味で、クーンの科学哲学に馴染まない正反対のものであり、この歴史的事実をSSRで展開された科学像に収容するのは無理である。ハッキング(I. Hacking)はこの事を最初に気付いた哲学者の一人だ:
「科学は累積的だという古い考えがもう一度支配的になるだろう。1962年(クーンがSSR を出版した年)から1980年代の終りまでの間、科学哲学者の問題は革命を理解することだった。今や問題は安定性を理解することだ。」(Hacking 1999, 85) (3-8c)
**********
この名言を初めて読んだ時、ハタと膝を打った記憶があるのですが、ハッキングも含めて誰もfollow-up しなかったのは、私には全く不可解です。この言明が、その後の科学哲学のパラダイムになるべきであったのです。原文は
The old idea that the sciences are cumulative may reign once more. Between 1962 (when Kuhn published Structure ) and the late 1980s, the problem for philosophers of science was to understand revolution. Now the problem is to understand stability. (Hacking 1999, 85)
出典は
Hacking, Ian. 1999. The Social Construction of What? Cambridge, MA: Harvard University Press.
です。
 上の文章を書いた時、著者ハッキングの脳裡には、理論物理学者の間では周知の次の論文があったと私は推測します:
PHYSICS, COMMUNITY AND THE CRISIS IN PHYSICAL THEORY.
By Silvan S. Schweber, PHYSICS TODAY Novenber 1993, pp34~40
このp38に次に文章があります:
We need to reconceptualize the growth of scientific knowledge. The Kuhnian model will no longer do. The new model will have to take into account that something important has happened. A hierarchical arraying of parts of the physical universe has been stabilized, each part with its quasistable ontology and quasistable effective theory, and the partitioning fairly well understood.
「科学的知識の成長の概念を考え直す必要がある。クーン流のモデルはもうどうにもならない。新しいモデルは重要な事が起ったことを考慮に入れなければなるまい。物理的宇宙の各部分の階層的配列の安定化が出来上がったのだ。それぞれの部分は準安定な存在論と準安定な有効理論を持ち、部分への分割の様相もかなりよく理解されている。」(引用終わり)
“something important has happened”とは何を意味しているか?
自然科学の知識の安定性は昔から知られていた事柄で、拙著『トーマス・クーン解体新書』の第3章で論じた通りですが、SSRの理不尽なショックのため、科学哲学者の多くが記憶喪失の症状を示しました。しかしシュヴェーバーがいう“重大な或る事”は、過去の既定事実とは別の事をさしていると思われます。SSRの構想がスタートしたちょうどその頃(1957年)、超電導現象の本質を突き止めた超電導BCS理論が出現し、1970年代にはいわゆる素粒子の標準模型と呼ばれる理論が形成されます。この二つの画期的重要性は、それぞれの理論的意義だけではなく、20世紀の後半を通して、凝縮系物性と素粒子場の両分野が「対称性の自発的破れ」と「くりこみ群」というキーワードによって結ばれ、シュヴェーバーの言葉にある「物理的宇宙の各部分の階層的配列の安定化が出来上がった」という事実にあります。そして、クーンの良き友人であった我がフィリップ・アンダーソンはこの両分野(凝縮系理論と量子場理論)に亘って、目覚ましい業績を残しました。アンダーソンの言う「多重に連結した縫い目のないウェブ(multiply-connected seamless web)」は、優れた理論物理学者としての実経験から生まれた自然科学的知識全体の構造のメタファーだと言うべきものです。ここでは、クワインのウェブのホーリズムとは異質の全体論が主張されています。「自然科学的知識のウェブは全体がしっかりと多重につながっているので、一つの命題あるいは1組の命題(理論)の確実性はウェブの全体によって支持され、その一部分をいい加減に変更することが出来ない」という意味でのホーリズムです。クワインのウェブでは、周知のように、“決定不全性(underdetermination)”(デュエム-クワイン・テーゼ)が強調されていますが、アンダーソンのウェブは“過剰決定的”だと言えましょう。彼の著書『More and Different』には、既知の自然科学的知識のウェブは“overdetermined”だと書いてあります(p208)。
 このブログの2016年8月24日付けの記事『アンダーソンのmultiply-connected seamless web(2)』に引用した通り、田崎晴明著『熱力学』のp12には、田崎さんの“網状構造”が描かれています:
**********
「様々な普遍的な構造と、それらの間の関係の総体こそが、基礎科学なのではないか。基礎科学の発展は、新しい普遍的な構造の発見によってもたらされることもあれば、異なった普遍的な構造の間の新しい論理的な関係の解明によってもたらされることもある。あるいは、この二つのタイプの発見が相伴って行われるというのが、最も自然な成り行きかもしれない。こうして、様々なレベルでの論理的に理解可能な普遍的な構造が、互いに論理的な関係で有機的に結び合わされた複雑で精妙な網状の構造としての基礎科学の姿が浮かび上がってくる。われわれが生を受けた現実の世界が、このような認識を許してくれるというのは、実に驚くべき事実ではないだろうか?
 人類が経験と理性で織りなした普遍な構造の網が、かつては理解不能だった様々な現象を覆うようになってゆく。そして、人類の認識の進歩に連れて、この網はより豊かに、そして、より精密になってゆく。」
**********
この文章は、「対称性の自発的破れ」と「くりこみ群」という二つのキーワードが世界の物理学者の脳裡に浸透した後に書かれたものです。つまり、Post-Schweber の発言です。従って、「アンダーソン-田崎・ウェブ」という私の勝手な造語は許されると思います。そして、この人工的構造物の性質を、田崎さんが申されるように、ダイナミックに経時的に考察して、それにパース風の真理論を加味し、理論のFallibilityやContingencyの問題などを考える土台にしたいものです。
 老齢の故に叶わぬ望みかも知れませんが、私は拙著『トーマス・クーン解体新書』の改訂版を、元々の『Undoing Thomas Kuhn』というタイトルをつけて、英文で出版したいと思っています。

藤永茂(2017年7月10日)
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