私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

オジャラン(2)

2015-08-26 20:59:40 | 日記・エッセイ・コラム
前回の続き。

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その数年前、1991年にソビエト連邦の崩壊の後、PKKは既に民族国家の概念について批判的に反省し始めていた。伝統的にクルド人の母国とされる地域のどれ一つとしてクルド人だけが住んでいる地域はなかった。だから、クルド人が創設し支配する国家は、自動的に多数の少数派集団を抱え込むことになり、過去長年に渡ってクルド人自体が抑圧されてきたのと同じように、人種的、宗教的少数派集団を抑圧する可能性をつくることになるだろう。そうして見ると、クルド人国家なるものが、中東地域の現存の問題の解答というよりも、むしろ、継続として見られるように益々なってきた。

結局、一方では、資本主義と民族国家との相互依存性、他方では、男性上位社会と中央集権国家との相互依存性を分析してみて、オジャランは、真の自由と独立は、今の独立運動が、これらの社会的に制度化された抑圧と搾取の形態との結びつきをすべて断ち切ってしまってこそ初めて実現することが出来ると悟ったのだ。

民主的連邦主義

 アブドゥッラー・オジャランは、彼の2005年の小冊子、民主的連邦主義宣言、の中で、正式にそして決定的に、独立のクルド民族国家を建国するという、PKKのそれまでの野望と決別した。その文書の中で、彼は、“民族国家のシステムは20世紀の末から社会と民主主義と自由の発展にとって深刻な障害壁になってしまった”と論じている。

オジャランの見るところ、中東における危機から脱出する唯一の道は民主的な連邦組織の設立であり、“その民主的連邦は、その強さを、諸々の民族国家にわたるグローバリゼイションからではなく、人民から直接に引き出してくるのである。” この投獄された反政府勢力指導者によれば、“資本主義システムも帝国主義勢力の圧力も、彼らの利益に奉仕するため以外には、民主主義には導かないであろう。やるべき仕事は、社会における、宗教的、人種的、階級的差異を考慮に入れながら、一般大衆を基盤とした民主主義の発展を援助することである。”

オジャランが民主的連邦主義者モデルの発展を呼びかけた直後、民主的社会会議(Democratic Society Congress , DTK) がディヤルバクルで結成された。2011年のその集会中に、DTKは政治、自衛、文化、社会、経済、外交の分野で、国家からの自立性を要求する「民主的自治性の要求」運動を開始した。トルコ國の反応は予期通りで、対決と違法化の方向に動き、直ちにDTKを禁圧した。

オジャランによって展開された民主的連邦主義のアイディアがブクチンのソーシャル・エコロジーのアイディアが多くの相似点を示しているのは、偶然ではない。2000年代の始め、オジャランは既に獄中でブクチンの「自由のエコロジー(Ecology of Freedom )」や「都市なしの都市化(Urbanization Without Cities)」を 読み始めていたし、それから間もなく、自ら、ブクチンの学生の一人だと宣言した。彼の弁護士を通じて、オジャランは、この急進的思想家と会って、ブクチンの諸々のアイディアが中東状況に適用出来るようにする方途を考え出すことを企てた。

不幸にも、当時ブクチンの健康状態が思わしくなく、この出会いは遂に実現しなかったが、2004年5月、ブクチンはオジャランに“私の願いは、いつの日か、クルドの人々が自由で理にかなった社会を創設することが出来て、再び彼らの輝きが花咲くのを許すことである。彼らにとって、オジャラン氏のような有能な指導者に導かれることは実に幸運なことである”というメッセージを送った。

その返礼に、また、クルド人運動へのブクチンの決定的な影響に対する感謝の印として、ブクチンが2006年7月亡くなった時、PKKはその集会で彼を“20世紀の最も偉大な社会科学者の一人”と呼んで敬意を表した。彼らは、クルド人が“独創的かつ実現可能な”プロジェクトと呼ぶ民主的連邦主義を実施に移す初の社会集団になる願望を表明したのだ。

二元的権力、連邦主義、ソーシャル・エコロジー

過去10年間を通して、民主的連邦主義はゆっくりと、しかし、確実にクルド人社会に不可欠なものになってきた。ブクチンの考えの三つの要素がクルディスタン地域全体を通して“民主的現代感性”の発達に特に影響を与えてきた。:“二元的権力(dual power)”、ブクチンがリバタリアン地方分権主義の見出しの下に提案した連合体的構造、それに、ソーシャル・エコロジーの理論、この三つである。ソーシャル・エコロジー理論は、多くの現代の闘争の根源を文明の起源にまで遡って求め、自然環境を現代の問題の解決の中心に据えるのである。

二元的権力

二元的権力の概念は、ブクチンの仕事がアナーキスト、共産主義者、労働組合主義者のグループから拒絶されてきた主な理由の一つだ。無産階級の暴動を通じての国家の廃止を唱えることをせず、ブクチンは、国家に代わる人民集会と近隣委員会の形の機構を発達させ、そして、ここが注目すべき点だが、地方選挙に参加することによって、国家の権力を“下から空洞化”し、結局それを無意味なものにすることを提議したのだった。

権力機構を乗っ取り、そして、発展させるというブクチンの思考傾向は、政治的稼業(statecraft)と対置されるべきものとしての彼なりの政治(politics) の解析から出てきている。ブクチンによれば、“マルクス主義者、革命的労働組合主義者、本式のアナーキストはすべて政治なるものを誤って理解している、つまり、政治とは、人民が民主的にそして直接的に彼らの地域社会問題を運営管理するための公的な場であり機構だと考えられるべきだ”というのである。普通、“政治”と呼ばれているものを、ブクチンは“政治的稼業(statecraft)”つまり職業的政治家がたずさわる商売の類と見るのである。

それと対照的に、“政治”とは、大多数の左翼革命家達が廃止すべき必要ありと信ずる本質的に邪悪なものであるよりも、むしろ、実際は社会を一体として結びつける糊なのである。それは権力の乱用を防止するような具合に組織化すべきものなのである。“独裁主義からの自由は、明快な、簡潔な、そして詳細な権力の配分によってのみ保証されるのであり、権力とリーダーシップは‘ルール’の形式だという言い訳や、現実を隠蔽するリバタリアン的メタファーの類によってではない”とブクチンはそのエッセー『共同社会主義プロジェクト(The Communalist Project)』に書いている。

ブクチンのdual power(二元的権力)の考えに対するクルド人たちの信奉は、社会の異なったレベルでの DTKの組織形態を見れば明らかである。DTKの総会は年に二回、北クルディスタンの事実上の首都ディヤルバクルで行われる。1000人の代表委員の40%は選挙された役員で政府組織内のいろいろの地位を占めているが、残りの60%は市民社会から出ていて、人民集団の一つの会員であったり、 NGOの代表であったり、集団に属しない個人であったりする。総会でなされる決定は、都市の議会において、その議員でもあり、またDTKの総会の代表委員でもある人々によって、推進される。

連邦主義

連邦的システムはまたDTKの組織構造にもはっきりと示されている。『連邦主義の意味(The Meaning of Confederalism)』の中で、ブクチンは連邦主義を“村落や町や、大都会の近郊も含めて、住民の話し合いの場である民主的な会合から選出された会員あるいは代議員から構成される行政的評議会のネットワーク”として記述している。この説明は、トルコ内でも北部シリアでも、クルド人地域の多くの現地での状況に殆ど完全にピッタリ当てはまる。

明快な例はディヤルバクルでの状況で、そこではそうした評議会運動が立派に確立されている。『北クルディスタンにおける民主的自治』という本の中にその状況がアメド市評議会の議員によって説明されている。(Amed はディヤルバクルのクルド名):

アメドは13の地区を持っていて、それぞれ評議会とそれ自身の委員会を持っている。地区の中に近隣地があり、近隣地評議会を持っている。近隣地評議会を八つも持っている地区もある。ある場所では、街路レベルで評議会があるところもある、市の近傍の村落では、市の評議会に連結した集落もある。かくて、権力は次第に深く進んで最下層まで連結されている。

Joost Jongerden と Ahmet Akkaya が『トルコにおける連邦主義と自治』に書いているように:“DTKはただ一つの組織というだけでなく、一つの新しい政治的パラダイムを築き上げようとする試みの一部なのであり、それは、市、町、村の評議会を通じての人民の権力の直接的連続的な行使によって特徴付けられている。”

この新しい政治的パラダイムは制度化されている政治の領域の外に存在するTDKのような発議母体によってだけでなく、DBP(民主地域党)やHDP(人民民主党)といったクルド支持派の政党によっても提唱されている事は注目に値する。その究極の目標は、主にクルド人が住む諸地域にだけに止まらず、トルコとシリアの両国の国家的レベルでも民主的な自治を確立することである。


ソーシャル・エコロジー

ブクチンのソーシャル・エコロジー理論は、“社会的諸関係の秩序づけをやり直して、人類が自然世界と保護的にバランスをとって生きる事ができるようにしなければならない”という信条で特色づけられる。脱資本主義社会は、エコロジカルな環境と調和して創造しなければ成功する事は不可能である。

ブクチンは、“ソーシャル・エコロジーが提起する最も基本的なメッセージは、自然を征服するという考えそのものが人間による人間の征服に端を発しているということである”と論じる。ソーシャル・エコロジーは、階級の別のない平等主義的な社会を、迫り来るエコロジカルな破局を避ける必要を現代の社会的闘争の中心に置いて、組織化する方法についてのマルクス主義者やアナーキストの伝統的な見解を超えて前進するのである。

昔から農業と家畜業を営む農耕民族であるクルド人にとって、エコロジカルな環境を維持することは平等な社会をつくることと同様に必要不可欠である。国家が推進する環境破壊は、クルド人の故国である山岳地帯や肥沃なメソポタミア平原で毎日のように行われている。

その最も目につく例はトルコのGAPプロジェクトで、数十の大型ダムがすでに建設されたか、あるいは建設中である。このプロジェクトは、建設現場での雇用の機会を増大する開発と輸出向けの農産物を算出する大規模農場の灌漑の向上をもたらし、そして、土地を収用された農民たちに日々の仕事を与え、また数カ所の水力発電所の建設でエネルギー供給インフラを整備向上させるものとして世に喧伝されている。

国家官僚によって“発展”と解釈されるものは、彼らの住居や村落が水底に沈み、自由に流れていた川が商品と化し、彼らの土地が収用され、大企業によって買い上げられて、どこか遠隔地の大邸宅に住む農場所有者の財布を太らせる以外の何の役にも立たない物品の産業スケールの生産に使われるのを見る人々には、全く違った様相として経験されるものである。こうした大規模の高度に破壊的なメガ・プロジェクトは、地域の環境の地域によるコントロールの緊急の必要性を露わにする。

自然環境を、飽くまで侵害してくる資本主義勢力の破壊的かぎ爪からもぎ取り返すには、国家との直接の対決が必要になるが、その決定的第一歩は――それはなおさら革命的な意味合いを持つが――人間関係のレベルでの階層構造の廃止を含むのである。ブクチンが論じた様に、人間の自然に対する支配は、人間の他の人間に対する支配に発する故、問題の解決は同様の軌跡を辿らなければならない。

この点で、女性の解放はソーシャル・エコロジーの最も重要な様相の一つである。男性の女性支配がそのままである限り、我々の自然環境が――われわれの利益のために搾取されるべき物品としてではなく――人間生活の本質的な不可欠の一部として取り扱われることから、未だほど遠い。

これに関して、現在、クルド人社会で進行中の解放的取り組みは希望の持てる兆しである。多くの場合、クルド人の家族内や社会内の人間関係は未だに昔からの慣習と伝統に導かれているが、急進的な変化が既に現れている。アメド女性アカデミーの一活動家がタトールト・カーディスタンのインタビューで述べている様に、:

クルド人の家族はまだ本当には民主的自治という新しいシステムに心を開いてはいない。彼らはまだそれを自分のものにしていない。我々活動家はそれを十分内面化していて、変化をもたらし、民主的自治の考え方を、たとえ小刻みであっても、家族に分け与えることが我々の責務である。家の外で語っているのと同じ具合に、家庭内でもそれについて議論を始めることができる。我々が如何に真剣に民主的自治を考えているかを、家族が見れば、それは彼らに影響を与えるだろう。もちろん、議論はなかなかうまく行かぬ。門前払いを食らったり、怒鳴られることもある。しかし、よく辛抱して議論を続けることで家庭内に変化が生じ始めている。

耳を傾け、学び、後に続け

クルディスタンでの進展――特に北シリアのクルド人地域であるロジャバにおける進展――は、地球全体にわたって、急進的な活動家たちの想像力を刺激した。ロジャバでの革命はこれまで1936年のバルセローナとメキシコのチアパスのサパティスタに比べられてきた。急進的左翼は他と全く同様にそれ自身の神話を必要とする。この意味で、ロジャバ、バルセローナ、チアパスは、もう一つの選択肢が確かにある;つまり、社会を別様に組織することが可能である、ということを希望に満ちて思い起させるのに役に立つ。

しかしながら、これら急進的組織体の事例を、この困難な時代に仰ぎ見る希望の星として讃えるだけでは、こうした闘争に対する我々の支持は、テレビに映るご贔屓のサッカー・チームに喝采する時に示す我々の応援と余り違わない。チアパスの密林の中のサパティスタたちやメソポタミア平原のクルド人たちは、彼ら自身の力と決意の他には何も頼らずに、長い道のりを克服してきた。彼らが比較的孤立状態にあったことが、その急進的な選択を成長させることを許してきたが、これらの実験が長期的に生き延びるためには、彼らは支持者とか同情者以上のものを必要としている。彼らにはパートナーが必要なのだ。

“グローバル資本は、その巨大さのゆえに、その根元でのみ、とりわけ、社会の基底部分でのリバタリアン地方自治主義者抵抗運動によってのみ、侵食破壊することが出来る。グローバル資本は、草の根運動によって動員され、グローバル資本が彼らの生活を統治する権力に挑戦し、そして、その企業運営に代わる局地的な地域経済活動の振興を試みる、何百万の大衆によって侵食されなければならない。” とブクチンは『21世紀の政治』の中に書いている。

ブクチンは、もし我々の理想が多数の小さな自治体の集まりの一つの自治体(a Commune of Communes)であるならば、自然な出発点は地方政治のレベルからであり、“大衆住居区や町内の集会組織と市町村経営の経済の発展を断固として主張する”運動計画を持って出発すべきである、と信じている。

究極的には、過去数年間に地球全体にわたって芽を出したクルド人、サパティスタの闘争や、その他多くの革命的な運動や新しい構想を支援する最善の方途は、彼らの語り掛けに耳を傾け、彼らの経験から学び、彼らの足跡にしたがって進むことである。

国境を越え、人種や宗教の境界を越えて自発的に組織化された自治組織の連合体は、侵略してくる帝国主義権力と資本主義勢力に対する最善の防波堤である。この目標を達成する闘争において、ブクチンによって陳述された思想とリバタリアン地方自治主義の実践より劣る手本は幾らもある。

#上の翻訳の最後の一文の英語原文は、
“In the struggle to achieve this goal, there are worse examples to follow than the ideas set out by Murray Bookchin and the practice of libertarian municipalism. ”
となっていて、うまく意味が取れませんでした。

******************** (翻訳終了)

この論考の末尾には、26編の関連文献の表がありますが、翻訳した文献
https://libya360.wordpress.com/2015/08/10/the-philosophy-that-inspired-the-kurdish-resistance/
を開けば、各タイトルをクリックするだけでそれぞれの文献を読むことが出来ますので、ここでは、関連文献の表は省略します。次回はこのリストの中から女性解放についての文献:
Liberating Life: Woman’s Revolution
 (生命の解放:女性革命)
を選んで翻訳を始めるつもりです。心の底にストンと落ちてくる素晴らしい女性革命論です。

藤永 茂 (2015年8月26日)
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1 コメント

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オジャラン Ⅱ (sugiyama,hideko)
2015-08-29 19:12:42
藤永さん、こんばんは。

翻訳催促してしまってあいすみませんでした。
昨日コメントを送信しましたが、送信ミスだったのか、そちらに着かなかったようです。
細かく読むと書ききれないほど疑問もありますが、ブクチンが既成の社会改革に飽き足らず、変革の究極を脱資本主義とエコロジカルな観点を中心に据え、人間が自分以外の他の性を搾取や支配することなく、その性を認めることであるという考えに至った経緯は素晴らしいと思います。次回は胸のすくような女性解放論をご紹介くださるとか、大いに期待しています。
手元にその英文を置きたいですが、手にはいるでしょうか?とにかく楽しみにしています。今、ロシアの女性の立ち位置を論文にまとめているところです。大いに触発、感化されると思います。

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