私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

アムネスティの偏向は昔も今も変わらない

2017-02-26 20:51:28 | 日記・エッセイ・コラム


アムネスティの偏向した姿勢は今回のセドナヤ刑務所報告書に限りません。例えばごく直近の例ですが、アレッポの論じ方を見てみます。昨年末にアレッポが政府軍・ロシア軍によって解放されて以降、反政府支配地域で何が起きていたかが明るみに出てきています。以下の記事と動画には、1人の女性が、自分が体験したことや目撃したことを、勇気を出して証言しています。ISだけでなく、世に「穏健派」と呼ばれている反政府派も、ISに劣らぬ残虐さをもって市民を痛めつけていたことが証言されています。

Syrian Woman on Torture under NATO Rebels in Aleppo
https://syria360.wordpress.com/2017/01/13/syrian-woman-on-torture-under-nato-rebels-in-aleppo/

「彼らは「シャリーア」を私たちに強制しました。ひどい飢えを強いられ、パン一つを盗もうものならその手は切断されました。女性は自由に結婚相手も選べず、彼らと結婚するように強いられました。政府を支持する男性との結婚は認められないというのです。政府は、女性が化粧することも、働くことも、顔を隠さずに外出することも認めるからだと。こうした禁を犯した者は首を切断されました。テロリストとの結婚はどういうものかといいますと、男たちは1時間あまり満足すると女性を捨て、セックス・ジハード(従軍慰安婦)として手放すのです。私の女友達は皆そうした目に遭いました。彼らは子どもたちを連れ去ることもします。私はもう2年も息子に会っていません。ヌスラ戦線が息子を拉致して行ったのです。抵抗する女性は拷問され、首を切断され、切られた首は車に載せて巡回し、他の女性たちへの見せしめとして晒されました。彼らは私たちから食糧を、家を、家財のすべてを奪いました。彼らは私の夫を殺し、亡骸をいったんトルコに運んだあと私の元へ返しました。帰って来たときに夫の臓器はありませんでした。あらゆることがタブーとして禁じられました。私はガソリン・タンクに火をつけて焼かれましたが、医者の治療を受けられませんでした。科学はタブーなのです。知り合いの医者に駆け込んだのですが、新しい規則のため女性の体を見ることができないと治療を断られました。母と私が監獄から解放されたとき、私はトルコの病院に行くことを懇願したのですが、彼らはそれをも拒みました。私はいま21歳です。この両手を見てください。治療を拒まれてこのような容姿になってしまいました。私と結婚してくれる人はいるでしょうか。「ロシアとシリアが東アレッポの病院を攻撃している」とマスコミはさんざん報じました。これほど厳しい「シャリーア」のもとで、それはどこの病院のことでしょうか。東アレッポに病院などはありません。保健所も、学校も、なにもありません。テロリストたちは、子どもたちが学校に行くことを禁ずると命じました。…学校は以後、テロリストと武器のための施設と化しました。写真にあるAMC(アレッポ・メディア・センター)のロゴを見てください。こうしたNATO(欧米)が資金援助するテロリストたちは、校庭を武器庫に変え(地対地・地対空ミサイルで埋め)、フランスのパリに招かれては欺瞞に満ちた社会党の政治家たちから称賛を受け、アメリカの連邦議会に招かれては戦争犯罪者たちから称賛を受けました。アレッポが政府軍によって解放されようというとき、主要マスコミやその他の好戦的なメディアはどれも、「アレッポでは女性たちが(政府軍兵士によるレイプをおそれて)自殺を図っている」という嘘を撒き散らしました。実際は、テロリストたちが、(本来の)イスラム教を嫌う(過激な)ワッハーブ派の「聖職者」の許可のもと、女性の殺害、家族の殺害を行っていたのです」

マスコミでは、そしてアムネスティの報告書などでは、アサド政権の残虐性が強調され、また、さすがにISの蛮行も報じられますが、反政府派の問題はまったくと言っていいほど取り上げられてきませんでした。この女性の語ることが真実であれば、マスコミがこれまで人々に示してきた「シリアの紛争の絵」そのものが崩れ去るのではないでしょうか。欧米等が支援する反独裁・自由シリアを求める側の支配する地域が、実はこのような地獄だったとなれば、です。

しかし、アレッポ東部の実情が明らかになった今も、アムネスティは、あいかわらず以下のような主張を撤回していません。真実が見えないのか、見ないようにしているのか、見えていてもそれに反する嘘をついているのか、いずれにしましても「国際人権団体」の名が泣きます。

Syria: Reports of execution-style killings in Aleppo point to war crimes
https://www.amnesty.org/en/latest/news/2016/12/syria-reports-of-execution-style-killings-in-aleppo-point-to-war-crimes/

アムネスティは、国連人権高等弁務官事務所の報告を引用しながら、アレッポ東部で政府軍による市民への虐殺が起きていると主張しています。以下のようなものです。

「アレッポ東部に進軍する政府軍によって多数の市民が超法規的に処刑されているという国連のショッキングな報告は明らかに戦争犯罪を示している、とアムネスティ・インターナショナルは語る。アムネスティは、紛争の全当事者に対して市民の保護を緊急に要請している。国連人権高等弁務官事務所によると、この数時間で82人もの市民が、政府軍とその同盟軍によって、自宅を襲撃されたり路上で銃口を向けられたりして即座に射殺されたという」

そして、アムネスティ・インターナショナルのベイルート地方事務所・調査次長を務めるリン・マールーフ(Lynn Maalouf)の言葉を長く引用しています。以下のとおりです。

「子供を含む市民が在宅中に政府軍によって冷酷に虐殺されているという報告は非常にショッキングではありますが、政府軍のこれまでの行動を考えれば想像できないことではありません。こうした超法規的な処刑は戦争犯罪を構成するものになりましょう」

「紛争をとおして、ロシアの支援を受けたシリア政府軍は、国際人道法を平然と無視し、市民の命をまったく軽視することを繰り返してきました。実際、彼らは普段から戦略として市民をターゲットにしてきました。軍事作戦の過程でも、また、恣意的な拘束・失踪・拷問・その他の虐待行為によってでも。政府軍が東アレッポの完全な支配権を得れば、彼らがさらにひどい虐殺を実行する危険性があり、まだこの地域に囚われの身となっている数千もの市民に対する虐殺が生じる恐れは非常に大きくなっています」

「この数か月、世界(国連安保理も含む)は、市民が連日虐殺され、東アレッポが爆撃を受け大量の墓場と化していくのを傍観し続けてきました。このような非人道の前に国際社会が行動を起こさないことは恥ずべきことです。戦争犯罪や人道に対する罪を不問に付すことで、紛争当事者とりわけ政府軍が大規模にそうした行為に及ぶのを許してしまったのです」

「いま、独立監視団が現地に派遣されることがきわめて重要になっています。市民が保護されること、救援物資が人々のもとへ届くよう人道的なアクセスが保障されること、これらが確保されるためにです」

「現在、負傷した人たちは避難することができず、また、避難を試みる人たちは命の危険に晒されています。アムネスティ・インターナショナルは、紛争地からの避難を願う市民に安全に避難できる経路が確保されるよう、すべての紛争当事者に呼びかけています」

「この数週間、政府軍が進軍するなかで、東アレッポの市民はアムネスティに対して、政府軍の報復が怖いと語っています。先週、国連は、数百人もの男性や子供たちが、政権支配地域から行方不明になったと伝えています」

「アムネスティはこれまで、シリア政府が広範囲に組織的に市民への攻撃手段として行っている「強制された失踪」の問題を強調して訴えてきましたが、これは人道に対する罪となるものです。これ以上の強制された失踪や拷問・その他の虐待行為を防止するために、独立監視団が現地に派遣されることがきわめて重要です」

リン・マールーフ調査次長の以上の発言に対して、ここでは「調査」というものの基本に関わる点ついて疑問を呈しておきます。政府軍・ロシア軍による解放以前の東アレッポが、先ほどの女性の証言のように、まさにISの支配と同じような「地獄」であったとすれば、政府側に有利な発言、反政府派に不利な発言をすることへの住民の恐怖は我々が想像できないほど強烈なものであるはずです。自分たちの身を守ってくれるかどうかも定かでない国連職員の調査に対して、周囲の目を気にして「政府軍が怖い」と回答することは、そうした状況下では十分に考えられることです。市民へのマインドコントロールや恐怖心などを解き、身の安全が確保され、自由にものが言える場所や状況での調査でなければ意味がありません。

なお、アムネスティはここで国連人権高等弁務官事務所を引用しつつ批判しているのですが、大国の思惑で「非難」や「経済制裁」「武力行使容認」などの決議が通る国連安保理の問題のみならず、こうした人権機関などの諸機関も問題を含んでおり、全体として「国連」という存在が発信する情報に対しては、私たちはより警戒しながら接することが求められているように感じます。

シリアをめぐるアムネスティ・インターナショナルの深刻な偏向ぶりを示す事例をもう一例だけご紹介します。こちらは2013年8月とずいぶん以前の記事になります。

Amnesty International, War Propaganda, and Human Rights Terrorism
http://dissidentvoice.org/2013/08/amnesty-international-war-propaganda-and-human-rights-terrorism/

「2013年8月7日、ダマスカス郊外のジャラマナで、18人の市民が木っ端みじんに吹き飛ばされた。犠牲者には子供も含まれていた。ロシア政府はこの非人道的な犯罪行為を厳しく非難した。この犯罪は、西側のメディアでほとんど報道されず、テロリストに武器支援している西側の各国政府が沈黙を守ったことは言うまでもない。おそらく、この攻撃で殺された赤ん坊たちは、バシャール・アサド大統領の支持者で罪人だという扱いなのだろう。
そのとき、人権の母国(フランス)では、パリジャンたちが高級紙ルモンドを読みながらコーヒーを飲んでいた。フランスでは、人権擁護で国際的に名高い「アムネスティ・インターナショナル」が発信するストーリーが日々報じられていた。
 アムネスティは、シリアでの市民への暴力に強い怒りを示すものの、ジャラマナの虐殺にはまったく触れない。…ルモンド紙は、事件を報じるかわりに、アムネスティの活動家ドナテラ・ロベラ(Donatella Rovera)の声明を掲載していたが、彼女は、ジャラマナで爆弾を仕掛けたような連中と同類の集団と、共に時間を過ごしたことがある人物だ。
 ロベラは、シリア政府軍が決然とテロリストを打倒しようとするとき、怒りを示してきた。彼女は「あの体制は、使用が禁じられている武器を使っている」と言う(訳注:エヴァ・バートレット記者も語っていたことですが、シリアへの呼称として「政府government」と言わず「体制regime」と言う時点で、その人物の偏向ぶりが実は示されます。「シリアは独裁体制であり体制転換(レジームチェンジ)が必要だ」という話者の前提が滲み出た表現であり、人々にそうしたイメージを刷り込む効果を狙っている用語だからです)。ロベラの偏見によれば、人口密集の市場に仕掛けられる自動車爆弾などは使用禁止の武器に含まれないようだ。…
 われらが人権活動家ロベラも、彼女のお気に入りの「反乱軍」が関わる犯罪行為をさすがに認めざるを得ないことがあるのだが、それでも彼女は、プロのお手並みで、それは付随的損害だったのだとし、そうした犯罪行為から批判の矛先を逸らすのに注意深く努めるのだった。
 いわく「犯罪行為は、(市民に対してではなく)拘束した政府軍兵士や民兵に対して基本的に行われたものです。ただ、反政府グループも市民の間で目に付くようになり、「彼らの見解」を市民に押し付けているところがあります」と。
 アムネスティの人権活動闘士(ロベラ)は、その「彼らの見解」がいかなるものかについてそれ以上詳しく述べようとはしない。彼女は、彼女のお気に入りの反乱軍たちが占領したアレッポの女性たちにブルカの着用を強制していることにも、人々を飢えさせて服従させるため食料を武器にしていることにも、けっして触れることはない。否、彼女の言わんとすることははっきりしている。「反乱軍は、中にはならず者もいますが、基本的にはいい人間ですよ」と。
(中略)
 アムネスティから見れば、ジャラマナの瓦礫の下に眠る赤ん坊たちは明らかに「政府軍」の一味ということなのだろう。もしそう見ないのであれば、アムネスティはこのような犯罪に対する強い非難を発したはずである。しかし、彼らはそうはしなかった。つまり、彼らはこの犯罪の共犯者と言ってもよい。これこそが、アムネスティがシリア紛争勃発以来、何年にもわたり行ってきた行為であり、彼らは一貫して侵略者たちの側に立ってきた。彼らのシリア紛争に関する報告書はすべて「(シリアの)活動家は…と語っている」「活動家によれば…」「人権運動の闘士たちは…」というもので、そうしたいわゆる「信頼できる情報源」が発するなんらの裏付けもない主張に基づいて、シリア政府を批判し続けてきたのだ。そうした者たちについては、自ら犯罪行為に及びながら、それをシリア政府のせいにしているという事実が確認されている。2011年3月17日、ダラアの町で、素性の知れない狙撃手が、デモ隊と警官隊に発砲したあの時以来ずっとそうなのだ。
 アムネスティは、帝国主義のためのプロパガンダ機関の一つである。実際、広く知られているほとんどの西側の人権団体が、新植民地主義・帝国主義のためのイデオロギー洗脳機関として機能している。19世紀、キリスト教宣教師たちは「キリスト教による開化」の名のもとに、植民地支配の正当化を提供したが、今では人権団体がその代わりというわけだ。「キリスト教の普及」が「人権の促進」に取って代わったのだ。
(以下、記事には、興味深い政治思想の議論が続きますが、割愛します)」

桜井元    (2017年2月26日)

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